・・・青年は書物を受け取ると、丹念に奥附を検べ出した。「この本は非売品と書いてありますね。非売品でも金になりますか?」自分は情ない心もちになった。が、とにかく売れるはずだと答えた。「そうですか? じゃ失敬します。」青年はただ疑わしそうに、難有うと・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・二十八日の月給日に堀川教官殿と書いた西洋封筒を受け取るのにはかれこれ二週間も待たなければならぬ。が、彼の楽しみにしていた東京へ出かける日曜日はもうあしたに迫っている。彼はあしたは長谷や大友と晩飯を共にするつもりだった。こちらにないスコットの・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・――泰さんは苦笑しながら、その蛇の目を受取ると、小僧は生意気に頭を掻いてから、とってつけたように御辞儀をして、勢いよく店の方へ駈けて行ってしまいました。そう云えば成程頭の上にはさっきよりも黒い夕立雲が、一面にむらむらと滲み渡って、その所々を・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・仁右衛門は受取ると、口をふくらましてそれを吹いた。そして何か一言二言話しあって小屋の方に帰って行った。 この日も昨夜の風は吹き落ちていなかった。空は隅から隅まで底気味悪く晴れ渡っていた。そのために風は地面にばかり吹いているように見えた。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ お母さんは婆やから茶碗を受取ると八っちゃんの口の所にもって行った。半分ほど襟頸に水がこぼれたけれども、それでも八っちゃんは水が飲めた。八っちゃんはむせて、苦しがって、両手で胸の所を引っかくようにした。懐ろの所に僕がたたんでやった「だま・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・私はその時、すなおに氏の言葉を受け取ることができなかった。そしてこういう意味の言葉をもって答えた。「もし哲学者なり芸術家なりが、過去に属する低能者なら、労働者の生活をしていない学者思想家もまた同様だ。それは要するに五十歩百歩の差にすぎない」・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・ ――後に、四童、一老が、自動車を辞し去った時は、ずんぐりとして、それは熊のように、色の真黒な子供が、手がわりに銃を受取ると斉しく、むくむく、もこもこと、踊躍して降りたのを思うと、一具の銃は、一行の名誉と、衿飾の、旗表であったらしい。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・――処をすかさず受取るんだ、よう、と云って後の方で。……威勢がいい。それでいて、腰の矢立はここのも同じだが、紺の鯉口に、仲仕とかのするような広い前掛を捲いて、お花見手拭のように新しいのを頸に掛けた処なぞは、お国がら、まことに大どかなものだっ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ すると、案のごとく、上さんはそれを受取ると、今度は薄暗いランプの火影で透しながら、私の枕元へ来た。「お前さんにはまだ屋根代が貰ってなかったね。屋根代が六銭。それから宿帳を記けておくれな。」と肩先を揺る。 私は睡ったふりもしてい・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 五十吉は翌日また渋い顔をしてやってくると風呂敷包みを受け取るなり、見たな。登勢の顔をにらんだので、驚いて見なかった旨ありていに言うと、五十吉はいや見たといってきかず、二、三度押し問答の末、見たか見ぬか、開けてみりゃ判ると、五十吉が風呂・・・ 織田作之助 「螢」
出典:青空文庫