・・・ 女は、新聞紙に包んだものを窓から受取ると、すぐ硝子戸を閉めた。「おい、もっと開けといてくれんか。」「……室が冷えるからだめ。――一度開けると薪三本分損するの。」 彼女は、桜色の皮膚を持っていた。笑いかけると、左右の頬に、子・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ないが、かねに恨が数ござる、思えばこのかね恨めしやの税で、こっちの高慢税の如きは、金と花火は飛出す時光る、花火のように美しい勢の好い税で、出す方も、ソレ五万両、やすいものだ、と欣にこにことして投出す、受取る方も、ハッ五万円、先ずこれ位のもの・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 無事平和の春の日に友人の音信を受取るということは、感じのよい事の一である。たとえば、その書簡の封を開くと、その中からは意外な悲しいことや煩わしいことが現われようとも、それは第二段の事で、差当っては長閑な日に友人の手紙、それが心境に投げ・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・女は金を受取ると出ていった。廊下を行く足音を龍介はじいときいていた。彼はきゅうに身体が顫えてきた。 龍介はズボンに手をつっこみ、小さい冷えきった室の中を歩いた。彼はこういう所に一人で来たこれが初めだった。来たい意思はいつでも持った。夜床・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・目を円くしてそれを私から受け取る時の子供らの顔が見えるようにも思った。私は子に甘いと言われることも忘れ、自分が一人ぼっちになって行くことも忘れて、子供らをよろこばせたかった。 それほど私もきげんのよかった時だ。私は四畳半から茶の間のほう・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ながら、二十年間の秘めたる思いなどという女学生の言葉みたいなものを、それも五十歳をとうに越えられているあなたに向って使用するのは、いかにもグロテスクで、書いている当人でさえ閉口している程なのですから、受け取るあなたの不愉快も、わかるように思・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・乃公も実は人間界でさんざんの目に遭って来ているので、どうも疑い深くなって、あなたの御親切も素直に受取る事が出来なかったのです。ごめんなさい。」「あら、そんなに改まった言い方をしては、おかしいわ。きょうから、あたしはあなたの召使いじゃない・・・ 太宰治 「竹青」
・・・手渡す驕慢の弟より、受け取る兄のほうが、数層倍苦しかったに違いない。手渡すその前夜、私は、はじめて女を抱いた。兄は、女を連れて、ひとまず田舎へ帰った。女は、始終ぼんやりしていた。ただいま無事に家に着きました、という事務的な堅い口調の手紙が一・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・それを一段落として、身分相応に結婚して、ボヘミアにある広い田畑を受け取ることになっている。結婚の相手の令嬢も、疾っくに内定してある。令嬢フィニイはキルヒネツグ領のキルヒネツゲル伯爵夫人になるのが本望である。この社会では結婚前は勿論、結婚して・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 三 別れの曲 ショパンがパリのサロンに集まった名流の前で初演奏をしようとする直前に、祖国革命戦突発の飛報を受取る。そうして激昂する心を抑えてピアノの前に坐り所定曲目モザルトの一曲を弾いているうちにいつか頭が変にな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
出典:青空文庫