・・・パリからロンドンへ渡ってそこで日本からの送金を受取るはずになっており、従ってパリ滞在中は財布の内圧が極度に低下していたので特に煙草の専売に好感を有ち損なったのであろう。マッチも高かったと思うが、それよりもマッチのフランス語を教わって来るのを・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・とかの袖を女より受取る。「うけてか」と片頬に笑める様は、谷間の姫百合に朝日影さして、しげき露の痕なく晞けるが如し。「あすの勝負に用なき盾を、逢うまでの形身と残す。試合果てて再びここを過ぎるまで守り給え」「守らでやは」と女は跪いて・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・重吉がそれを受け取る時分には、汽車がもう動きだしていた。自分はそれぎり首を列車内に引っ込めたまま、停車場をはずれるまでけっしてプラットフォームを見返らなかった。 うちへ帰っても、手紙のことは妻には話さなかった。旅行後一か月めに重吉から十・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・まず野鼠は、ただの鼠にゴム靴をたのむ、ただの鼠は猫にたのむ、猫は犬にたのむ、犬は馬にたのむ、馬は自分の金沓を貰うとき、なんとかかんとかごまかして、ゴム靴をもう一足受け取る、それから、馬がそれを犬に渡す、犬が猫に渡す、猫がただの鼠に渡す、ただ・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ それは家畜撲殺同意調印法といい、誰でも、家畜を殺そうというものは、その家畜から死亡承諾書を受け取ること、又その承諾証書には家畜の調印を要すると、こう云う布告だったのだ。 さあそこでその頃は、牛でも馬でも、もうみんな、殺される前の日・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・カールが受取るべき手当も貰うどころではなくなった。しかし、イエニーは空皿を並べたテーブルにカールとその友人を招くことが出来るだろうか。 カールはパリ発行の『フォールベルツ』誌へ寄稿しはじめた。現代社会の発展は生産のもっと合理的な方法によ・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 一杯の力を入れて投げてよこす球を身構えて受け取る時、ひどい勢で掌に飛び込む拍子に中の空気を急に追い出すパッと云う様なポッと云う様な音が出る様に互の気が合って来ると、口に云えないほど男性的な活気が躰中に漲って来る。 私は眼をキラキラ・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・男と女とは受け取る場所が違うのに、厨子王は姉のと自分のともらおうとするので、一度は叱られたが、あすからはめいめいがもらいに来ると誓って、ようようかれいけのほかに、面桶に入れたかたかゆと、木の椀に入れた湯との二人前をも受け取った。は塩を入れて・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・とはただ受容的に即自の対象を受け取ることではない。観ること自身がすでに対象に働き込むことである、という仕方においてのみ対象はあるのである。我は没せられつつ、しかも対象として己れを露出して来る。ここに著者の風物記の滋味が存すると思う。 も・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
・・・そうして人々は談笑の間に黙々としてこの中心の重大な意味を受け取るのである。先生がその愛する者に対する愛の発表はおもにこれであった。四 ――先生は「人間」を愛した。しかし不正なるもの不純なるものに対しては毫も仮借する所がなかっ・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫