・・・という変な名前の雑誌の創刊号には、編輯長は自重して小説を発表せず、叙情詩を二篇、発表いたしましたが、どうも、それは、いま、いくら考えてみても傑作とは思えないものなのであります。あの、兄ともあろうお人が、どうしてこんなものを発表する気になった・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・私はフランス叙情詩の講義を聞きおえて、真昼頃、梅は咲いたか桜はまだかいな。たったいま教ったばかりのフランスの叙情詩とは打って変ったかかる無学な文句に、勝手なふしをつけて繰りかえし繰りかえし口ずさみながら、れいの甘酒屋を訪れたのである。そのと・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ 思へ一つの同じ音楽、同じ叙情詩、同じ宗教に対して、いかに多くの異つた解釈があるか。すべての芸術とすべての宗教とは、各の読者と各の弟子たちにまで、彼等自身の趣味を反映させるにすぎないだらう。たとへば日蓮は日蓮の個性に於て、親鸞は親鸞の個・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・これらは紀行的韻文とも見るべく、諸体混淆せる叙情詩とも見るべし。惜しいかな、蕪村はこれを一篇の長歌となして新体詩の源を開く能わざりき。俳人として第一流に位する蕪村の事業も、これを広く文学界の産物として見れば誠に規模の小なるに驚かずんばあらず・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・作の世界全体に叙情詩的な気分が行きわたり、不幸や苦しみのなかにもほのぼのとした暖かみが感ぜられる。これは全く独特な光景だと私は思ったのである。 しかし考えてみると、この特徴はすでに『春』や『家』や『新生』などにも現われている。作者はどの・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫