・・・それは本稿の目的上、羅列を事とせずして、活きた倫理的問いを中軸として、一つのまとまりのある叙述をものしたく思ったからである。 最後に一言付すべきことは、生の問いをもってする倫理学の研究は実は倫理学によって終局しないものである。それは善・・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ よき文学は、叙述のうまさや、文才だけによっては生れない。また、記録的素材だけによっては生れない。このことは水野広徳の「此一戦」についても云われるだろう。第五章 結語、西欧の戦争文学との比較、戦争文学の困難 以上のほか、・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・『春』の中に、多少北村君の面影を伝えようと思ったが、それも見たり聞いたりした事をその儘漫然と叙述したというようなものでは無くて、つまり私がスタディした北村君を写したものである。北村君のように進んで行った人の生涯は、実に妙なもので、掘っても掘・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・私はその男の三歳二歳一歳の思い出を叙述するのであるが、これは必ずしも怪奇小説でない。赤児の難解に多少の興を覚え、こいつをひとつと思って原稿用紙をひろげただけのことである。それゆえこの小説の臓腑といえば、あるひとりの男の三歳二歳一歳の思い出な・・・ 太宰治 「玩具」
・・・を出すことがあっても、それは凡庸な、おっとりした歯がゆいほどに善良な傍観者として、物語の外に全然オミットされるような性格として叙述されて在る。ドイルだって、あの名探偵の名前を、シャロック・ホオムズではなく、もっと真実感を肉薄させるために、「・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・もっとも、それは必ずしも事実そのままの叙述ではなかった。大げさな言いかたで、自分でも少からず狼狽しながら申し上げるのであるが、謂わば、詩と真実以外のものは、適度に整理して叙述した、というわけなのである。ところどころに、大嘘をさえ、まぜている・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・を摘出して見せた。そうしてわが日本の、乞食坊主に類した一人の俳人芭蕉は、たったかな十七文字の中に、不可思議な自然と人間との交感に関する驚くべき実験の結果と、それによって得られた「発見」を叙述しているのである。 こういうふうに考えて来ると・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・批評家自身の芸術観から編み上げた至美至高の理想を詳細に且つ熱烈に叙述した後に、結論としてただ一言「それ故にこれらの眼前の作品は一つも物になっていない」と断定するのもある。そういうのも面白いが、あまり抽象的で従って何時の世のどの展覧会にでも通・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・なぜこれほどおもしろいのかよくわからないがただどちらもあらゆる創作の中で最も作為の跡の少ないものであって、こだわりのない叙述の奥に隠れた純真なものがあらゆる批判や估価を超越して直接に人を動かすのではないかと思う。そしてそれは死生の境に出入す・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・正統的教養の楽園に安住する専門的物理学者の目から見れば、あまりに空想をたくましゅうした叙述が多かったように見えるかもしれない。 しかしこれらの空想にも、自分としては相当な物理学的実証の根拠は持っているつもりであるが、ここではこれについて・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
出典:青空文庫