・・・何しろお徳の口吻を真似ると、「まあ私の片恋って云うようなもの」なんだからね。精々そのつもりで、聞いてくれ給え。 お徳の惚れた男と云うのは、役者でね。あいつがまだ浅草田原町の親の家にいた時分に、公園で見初めたんだそうだ。こう云うと、君は宮・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・この相手の口吻には、妙に人を追窮するような所があって、それが結局自分を飛んでもない所へ陥れそうな予感が、この時ぼんやりながらしたからである。そこで本間さんは思い出したように、白葡萄酒の杯をとりあげながら、わざと簡単に「西南戦争を問題にするつ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・と、残念らしい口吻を洩しました。その時泰さんが何気なく、「じゃもう一度逢いに行くさ。」と、調戯うようにこう云った――それが後になって考えると、新蔵の心に燃えている、焔のような逢いたさへ、油をかける事になったのでしょう。ほどなく泰さんに別れる・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・画工 (管をまく口吻何、面白かった。面白かったは不可んな。今の若さに。……小児をつかまえて、今の若さも変だ。はははは、面白かったは心細い。過去った事のようで情ない。面白いと云え、面白がれ、面白がれ。なおその上に面白くなれ。むむ、どうだ。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・奥の大巌の中腹に、祠が立って、恭しく斎き祭った神像は、大深秘で、軽々しく拝まれない――だから、参った処で、その効はあるまい……と行くのを留めたそうな口吻であった。「ごく内々の事でがすがなす、明神様のお姿というのはなす。」 時に、勿体・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ U氏が最初からの口吻ではYがこの事件に関係があるらしいので、Yが夫人の道に外れた恋の取持ちでもした乎、あるいは逢曳の使いか手紙の取次でもしたかと早合点して、「それじゃアYが夫人の逢曳のお使いでもしたんですか?」というと、「そん・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・と老父は言ったが、嫁や孫たちが可哀想だという口吻でもあった。「古いには古い家でごいす。俺が子供の時分の寺小屋だったでなあ。何度も建てなおされた家で、ここでは次男に鍛冶屋させるつもりで買ってきて建てたんだが、それが北海道へ行ったもんで、た・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 如何にも、女に金を貢ぐために、偽せ札をこしらえていたと断定せぬばかりの口吻だ。 彼は弁解がましいことを云うのがいやだった。分る時が来れば分るんだと思いながら、黙っていた。しかし、辛棒するのは、我慢がならなかった。憲兵が三等症にかゝ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・健二はひとりで憤慨する口吻になった。 親爺は、間を置いて、「われ、その仔はらみも放すつもりか?」と、眼をしょぼしょぼさし乍らきいた。「うむ。」「池か溝へ落ちこんだら、折角これだけにしたのに、親も仔も殺してしまうが……。」・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・こんなことになったのも、結局、為吉がはじめ息子を学校へやりたいような口吻をもらしたせいであるように、おしかは云い立てゝ夫をなじった。「まあそんなに云うない。今にあれが銭を儲けるようになったら、借金を返えしてくれるし、うら等も楽が出来るわ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
出典:青空文庫