・・・ ナポリへ帰って、ポーシリッポの古城もただ外から仰いで見ただけで船へ帰ると、いろいろの物売りが来ていた。古めかしい油絵の額や、カメオや七宝の装飾品などが目についた。双眼鏡の四十シリングというのをT氏が十シリングにつけたら負けてよこした。・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 三 袖 可憐なるエレーンは人知らぬ菫の如くアストラットの古城を照らして、ひそかに墜ちし春の夜の星の、紫深き露に染まりて月日を経たり。訪う人は固よりあらず。共に住むは二人の兄と眉さえ白き父親のみ。「騎士はいずれに・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ シャロットの姫はもう何年も鏡の面をみつめながら、古城の塔で機を織りつづけたろう。今日もきのうも、そしてあしたも、シャロットの姫のものうい梭の音は塔に響いた。ところがある日シャロット姫がいつものように鏡を見ながら機を織っていたら、鏡の面・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・信州小諸「古城のほとり」なる小諸の塾の若い教師として藤村が赴任した内的な理由は、そこにあったと思える。 都会の遽しさや早老を厭わしく思った時、藤村は心に山を描いた。幼心に髣髴とした山々を。故郷の山を。明治三十二年から三十三年までの一年に・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
出典:青空文庫