・・・ * 道徳は常に古着である。 * 良心は我我の口髭のように年齢と共に生ずるものではない。我我は良心を得る為にも若干の訓練を要するのである。 * 一国民の九割強は一生良心を持たぬものである。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・窓の外には往来の向うに亜鉛屋根の古着屋が一軒、職工用の青服だのカアキ色のマントだのをぶら下げていた。 その夜学校には六時半から、英語会が開かれるはずになっていた。それへ出席する義務のあった彼はこの町に住んでいない関係上、厭でも放課後六時・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
一 寒くなると、山の手大通りの露店に古着屋の数が殖える。半纏、股引、腹掛、溝から引揚げたようなのを、ぐにゃぐにゃと捩ッつ、巻いつ、洋燈もやっと三分心が黒燻りの影に、よぼよぼした媼さんが、頭からやがて膝の・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ もと近所に住んでいた古着屋の息子の新ちゃんで、朝鮮の聯隊に入営していたが、昨日除隊になって帰ってきたところだという。何はともあれと、上るなり、「嫁はんになったそうやな。なぜわいに黙って嫁入りしたんや」 と、新ちゃんは詰問した。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・俗に、河童横町の材木屋の主人から随分と良い条件で話があったので、お辰の頭に思いがけぬ血色が出たが、ゆくゆくは妾にしろとの肚が読めて父親はうんと言わず、日本橋三丁目の古着屋へばかに悪い条件で女中奉公させた。河童横町は昔河童が棲んでいたといわれ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・Kは小言を並べながらも、金の無い時には古本や古着古靴などまで持たして寄越した。彼は帰って来て、「そうらお土産……」と、赤い顔する細君の前へ押遣るのであった。(何処からか、救いのお使者がありそうなものだ。自分は大した贅沢な生活を望んで居るので・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・じつは私は昨日ようようのことで、古着屋から洗い晒しの紺絣の単衣を買った。そして久しぶりで斬髪した。それで今日会費の調達――と出かけたところなのだ。「書けたかね?」と、私は原口の側に坐って、訊いた。「一つ短いものができたんだがね……そ・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・「じき其処なの、日蔭町の古着屋なの。」「おさんどんですか。」「ハア。」「まあ可哀そうに、やっと十五でしょう?」「私も可哀そうでならなかったけエど、つまり私の傍に居た処が苦しいばかりだし、又た結局あの人も暫時は辛い目に遇て・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ちょうど古着屋のまえでしたので、その店の古着を早速着せられました。女の子の浴衣でした。帯も、緑色の兵古帯でした。ひどく恥かしく思いました。叔母が顔色を変えて走って来ました。 私は叔母に可愛がられて育ちました。私は、男ッぷりが悪いので、何・・・ 太宰治 「五所川原」
・・・ 五日ほど経った早朝、鶴は、突如、京都市左京区の某商会にあらわれ、かつて戦友だったとかいう北川という社員に面会を求め、二人で京都のまちを歩き、鶴は軽快に古着屋ののれんをくぐり、身につけていたジャンパー、ワイシャツ、セーター、ズボン、冗談・・・ 太宰治 「犯人」
出典:青空文庫