・・・新大橋、永代橋と、河口に近づくに従って、川の水は、著しく暖潮の深藍色を交えながら、騒音と煙塵とにみちた空気の下に、白くただれた目をぎらぎらとブリキのように反射して、石炭を積んだ達磨船や白ペンキのはげた古風な汽船をものうげにゆすぶっているにし・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・「久米さんに野村さん。」 今度は珊瑚珠の根懸けが出た。「古風だわね。久保田さんに頂いたのよ。」 その後から――何が出て来ても知らないように、陳はただじっと妻の顔を見ながら、考え深そうにこんな事を云った。「これは皆お前の戦・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・――横なぐりに吹込みますから、古風な店で、半分蔀をおろしました。暗くなる……薄暗い中に、颯と風に煽られて、媚めかしい婦の裙が燃えるのかと思う、あからさまな、真白な大きな腹が、蒼ざめた顔して、宙に倒にぶら下りました。……御存じかも知れません、・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ と軽い返事で、身軽にちょこちょこと茶の間から出た婦は、下膨れの色白で、真中から鬢を分けた濃い毛の束ね髪、些と煤びたが、人形だちの古風な顔。満更の容色ではないが、紺の筒袖の上被衣を、浅葱の紐で胸高にちょっと留めた甲斐甲斐しい女房ぶり。些・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・今でこそ樟脳臭いお殿様の溜の間たる華族会館に相応わしい古風な建造物であるが、当時は鹿鳴館といえば倫敦巴黎の燦爛たる新文明の栄華を複現した玉の台であって、鹿鳴館の名は西欧文化の象徴として歌われたもんだ。 当時の欧化熱の中心地は永田町で、こ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・側は西洋銀らしく大したものではなかったが、文字盤が青色で白字を浮かしてあり、鹿鳴館時代をふと思わせるような古風な面白さがあった。「いい時計ですね。拝見」 と、手を伸ばすと、武田さんは、「おっとおっと……」 これ取られてなるも・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・町の高みには皇族や華族の邸に並んで、立派な門構えの家が、夜になると古風な瓦斯燈の点く静かな道を挾んで立ち並んでいた。深い樹立のなかには教会の尖塔が聳えていたり、外国の公使館の旗がヴィラ風な屋根の上にひるがえっていたりするのが見えた。しかしそ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 左様いう塾に就いて教を乞うのは、誰か紹介者が有ればそれで宜しいので、其の頃でも英学や数学の方の私塾はやや営業的で、規則書が有り、月謝束修の制度も整然と立って居たのですが、漢学の方などはまだ古風なもので、塾規が無いのではありませんが至っ・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・とか何とか云われているものの、本は云わば職人で、その職人だった頃には一通りでは無い貧苦と戦ってきた幾年の間を浮世とやり合って、よく搦手を守りおおさせたいわゆるオカミサンであったのであるし、それに元来が古風実体な質で、身なり髪かたちも余り気に・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・それでも家賃が高過ぎると思うなら、今少しは引いてもいいと言われるほど長く空屋になっていた古い家で、造作もよく、古風な中二階などことにおもしろくできていたが、部屋が多過ぎていまだに借り手がないとのこと。よっぽど私も心が動いて帰って来たが、一晩・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫