・・・そうして婆さんの部屋の戸を力一ぱい叩き出しました。 戸は直ぐに開きました。が、日本人が中へはいって見ると、そこには印度人の婆さんがたった一人立っているばかり、もう支那人の女の子は、次の間へでも隠れたのか、影も形も見当りません。「何か・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・すると、李小二も、いよいよ、あぶらがのって、忙しく鼓板を叩きながら、巧に一座の鼠を使いわける。そうして「沈黒江明妃青塚恨、耐幽夢孤雁漢宮秋」とか何とか、題目正名を唱う頃になると、屋台の前へ出してある盆の中に、いつの間にか、銅銭の山が出来る。・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・父は黙ってまじまじと癇癪玉を一時に敲きつけたような言葉を聞いていたが、父にしては存外穏やかななだめるような調子になっていた。「なにも俺しはそれほどあなたに信用を置かんというのではないのですが、事務はどこまでも事務なのだから明らかにしてお・・・ 有島武郎 「親子」
・・・と思う暇もなく仁右衛門は空中に飛び上って、やがて敲きつけられるように地面に転がっていた。彼れは気丈にも転がりながらすっくと起き上った。直ぐ彼れの馬の所に飛んで行った。馬はまだ起きていなかった。後趾で反動を取って起きそうにしては、前脚を折って・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 横ざまに、杖で、敲き払った。が、人気勢のする破障子を、及腰に差覗くと、目よりも先に鼻を撲った、このふきぬけの戸障子にも似ず、したたかな酒の香である。 酒ぎらいな紳士は眉をひそめて、手巾で鼻を蔽いながら、密と再び覗くと斉しく、色が変・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ と片手で小膝をポンと敲き、「飲みながらが可い、召飯りながら聴聞をなさい。これえ、何を、お銚子を早く。」「唯、もう燗けてござりえす。」と女房が腰を浮かす、その裾端折で。 織次は、酔った勢で、とも思う事があったので、黙っていた・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ けれどもそれには答えがなく、つづけて、とん、とん、と戸を叩きました。 お婆さんは起きて来て、戸を細目にあけて外を覗きました。すると、一人の色の白い女が戸口に立っていました。 女は蝋燭を買いに来たのです。お婆さんは、少しでもお金・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・こんなおはぐろ蜻蛉が下に降りて飛んでいることはない』と心は躍って、きっと工夫して帽子で捕えるか、細い棒で叩き落したものである。 また草の繁った中に入って、チッ、チッ、チッと啼いている虫の音を聞き澄して捕えようと焦ったものだ。自分の踏んだ・・・ 小川未明 「感覚の回生」
・・・ 爺さんは金をすっかり集めてしまうと、さっきの箱の側へ行って、その上を二つ三つコンコンと叩きました。「坊主。坊主。早く出て来て、お客様方にお礼を申し上げないか。」 爺さんがこう言いますと、箱の中でコトンという音がしました。 ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ 新聞広告代など財布を叩き破っても出るわけはなく、看板をあげるにもチラシを印刷するにもまったく金の出どころはない。万策つきて考え出したのが手刷りだ。 辛うじて木版と半紙を算段して、五十枚か百枚ずつ竹の皮でこすっては、チラシを手刷りし・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫