・・・固より願わしき事なれども、如何せん、是れは唯今日の希望にして、今日の実際に行う可らず。強いて実行せんとすれば、其便利は以て弊害を償うに足らざることある可し。我輩の窃に恐るゝ所なり。蓋し男女交際法の尚お未熟なる時代には、両性の間、単に肉交ある・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・「ハイ唯今出た所で、まア御上りなさいまし。」「イヤ今日は急いでいるから上りません。」「あなたもうそんなにお宜しいので御座いますか。この前お目にかかった時と御形容なんどがたいした違いで御座います。」「病気ですか、病気なんかもう厭き厭きしました・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・それは、この船に乗って居た軍夫が只今コレラで死んだ、という事であった。これを聞くと自分の胸は非常な動悸を打ち始めて容易に静まらぬ。周囲は忽ちコレラの話となってしもうた。ただこの後の処分がどうであろうという心配が皆を悩まして居る内に一週間停船・・・ 正岡子規 「病」
・・・罪があってただいままで雁の形を受けておりました。只今報いを果しました。私共は天に帰ります。ただ私の一人の孫はまだ帰れません。これはあなたとは縁のあるものでございます。どうぞあなたの子にしてお育てを願と斯うでございます。 須利耶さまが申さ・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・特務曹長「ええ、只今のは実は現在完了のつもりであります。ところで閣下、この好機会をもちまして更に閣下の燦爛たるエボレットを拝見いたしたいものであります。」大将「ふん、よかろう。」特務曹長「実に甚しくあります。」大・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・「へえ、夏場ですととてもそれでは何でございますが、只今のこってすから……」 彼等はそこを出てから、ぶらぶら歩いて紅葉屋へ紅茶をのみに行った。「陽ちゃんも、いよいよここの御厄介になるようになっちゃったわね」 ふき子は、どこか亢・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 思いがけなかったので、達は少しあわてながら又元に戻って、「只今。 どんななんですか、 おっかさんに手紙をもらったのでびっくりして来ました。と云って父のげっそりとして急に年とって見える顔をのぞいた。「ほん・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・そして犬の血のついたままの脇差を逆手に持って、「お鷹匠衆はどうなさりましたな、お犬牽きは只今参りますぞ」と高声に言って、一声快よげに笑って、腹を十文字に切った。松野が背後から首を打った。 五助は身分の軽いものではあるが、のちに殉死者の遺・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ この遺書蝋燭の下にて認めおり候ところ、只今燃尽き候。最早新に燭火を点候にも及ばず、窓の雪明りにて、皺腹掻切候ほどの事は出来申すべく候。 万治元戊戌年十二月二日興津弥五右衛門華押 皆々様 この擬書は翁草に拠・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・でも只今お目に懸かることの出来ましたのは嬉しゅうございますわ。過ぎ去った昔のお話が出来ますからね。まあ、事によるとあなたの方では、もうすっかり忘れてしまっていらっしゃるような昔のお話でございますの。男。妙ですね。あなたがそんな風な事をわ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫