・・・ 六「私も不意だから、変に気を抜かれたようになって、とぼんと、あの可愛らしい綺麗な児を見たよ。 密と椅子の傍へ来て、愛嬌づいた莞爾した顔をして、 と云う。――姉さんが来て、今日は火が燃える、大火事があ・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・……ピイ、チョコ、キイ、キコと鳴く、青い鳥だの、黄色な鳥だの、可愛らしい話もあったが、聞く内にハッと思ったのは、ある親島から支島へ、カヌウで渡った時、白熱の日の光に、藍の透通る、澄んで静かな波のひと処、たちまち濃い萌黄に色が変った。微風も一・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・これまでにも可愛らしいと思わぬことはなかったが、今日はしみじみとその美しさが身にしみた。しなやかに光沢のある鬢の毛につつまれた耳たぼ、豊かな頬の白く鮮かな、顎のくくしめの愛らしさ、頸のあたり如何にも清げなる、藤色の半襟や花染の襷や、それらが・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・僕よりも少し年上だけに、不断はしッかりしたところのある女だが、結婚の席へ出た時の妻を思えば、一、二杯の祝盃に顔が赤くなって、その場にいたたまらなくなったほどの可愛らしい花嫁であった。僕は、今、目の前にその昔の妻のおもかげを見ていた。 そ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・しかし人間の子でなくても、なんというやさしい、可愛らしい顔の女の子でありましょう」と、お婆さんは言いました。「いいとも何んでも構わない、神様のお授けなさった子供だから大事にして育てよう。きっと大きくなったら、怜悧ないい子になるにちがいな・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・見たことのないような、小さな、淡紅い可愛らしい花が咲いていた。また、活動写真にある背景はこのあたりを写したのであろうと思われるような松並木のある街道を通った。 私の手携げ袋の中には、奈良の薬師寺で拾った瓦や、東大寺で買った鐘や、いろ/\・・・ 小川未明 「舞子より須磨へ」
・・・「うむ、あれか、可愛らしいね」「可愛らしいからどうなの?」「どうてえこともねえさ」「何だね! この人は。お前さん考えとくと言って持って帰ったんじゃないかね?」「そうさ」「じゃ、考えたの?」「別に考えて見もしねえが・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・おまけに文楽の人形芝居で使うような可愛らしいお櫃である。見渡すと、居並ぶ若い娘たちは何れもしるこやぜんざいなど極めて普通の、この場に適しいものを食べている。私一人だけが若い娘たちの面前で、飯事のようにお櫃を前にして赧くなっているのだ。クスク・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・何かと思えば、それは可愛らしい小犬で、鉄道馬車に敷かれて、今の俺の身で死にかかっているのだ。すると、何処からか番人が出て来て、見物を押分け、犬の衿上をむずと掴んで何処へか持って去く、そこで見物もちりぢり。 誰かおれを持って去って呉れる者・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「そうでした、覚えています。可愛らしい佳い娘さんでした。」と紳士も打ちながら答える。「そのお正がこの春国府津へ嫁いたのです。」「それはお目出度い。」「ところが余りお目出度くないんでしてな。」「それは又?」「どういうも・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
出典:青空文庫