・・・ 個人の幸福の基礎となるべき個人主義は個人の自由がその内容になっているには相違ありませんが、各人の享有するその自由というものは国家の安危に従って、寒暖計のように上ったり下ったりするのです。これは理論というよりもむしろ事実から出る理論と云・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ ゆえに本書の如きは民間一個人の著書にして、その信不信をばまったく天下の公論に任じ、各人自発の信心をもってこれを読ましむるは、なお可なりといえども、いやしくも政府の撰に係るものを定めて教科書となし、官立・公立の中学校・師範学校等に用うる・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・しかれども球戯は死物にあらず防者にありてはただ敵を除外ならしむるを唯一の目的とするをもってこれがためには各人皆臨機応変の処置を取るを肝要とす。防者は皆打者の球は常に自己の前に落ち来る者と覚悟せざるべからず。基人は常に自己に向って球を投げらる・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・そのときあちこちの氷山に、大循環到着者はこの附近に於て数日間休養すべし、帰路は各人の任意なるも障碍は来路に倍するを以て充分の覚悟を要す。海洋は摩擦少きも却って速度は大ならず。最も愚鈍なるもの最も賢きものなり、という白い杭が立っている。これよ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ まず根底をなす社会機構が、もっとすべての人民にとって人間的に生きる可能性を与えるようにならない限り、窮極は社会関係の最も綜合的な表現である恋愛や結婚の問題が、人類的な規範で、各人の幸福にまで発展せられないこともまた大多数の人々に、はっ・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ただ従来、そのひとの程度というとき、個人的な限度で、各人の天質とか仁とかいう範囲でだけ内容づけられていたものを、もっと社会的な複雑な要因の綯いまぜられたものの動きとして感じているから、そういう実質でかりに我々の程度というときには、個人に及ぼ・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
斯ういう感情上のことは、各人各様であって、「男子は」「婦人は」と概括的に考えると、至極平凡なつまらないものになってしまいます。此世の何より、金持がいい人もあろう。美貌の異性がよい人もあろう。知識的なのが第一な人もあるでしょ・・・ 宮本百合子 「異性の何処に魅せられるか」
・・・ このことは各人各様に、さまざまの具体的な感銘を通して、普遍的であったに違いない。もし、そのモメントの価値を、各作家が日本の大衆の歴史的経験の一部として血肉をもって自覚し、それを表現しようと努め、しかも、それは絶対に許そうとしなかった強・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・若し、人類が、各人一つの心臓と共に、真剣な霊魂を与えられているなら、真実なものをつかもうとし、自分等の経た、少くとも或る部分のあやまりには気付かずにいられなくなって来たのです。それゆえ、殆ど、地球上全部の人間が、私は、今、新たな、もっと恒久・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・だから、幸福とはどういうものかという問いに答える人々の言葉は実に区々で、ある人は幸福とは各人の主観でだけ感じられる一つの心境であるというし、他のある人は、最低限の衣食が足っていれば幸福であるとし、第三のひとは、健康こそ幸福であるというであろ・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
出典:青空文庫