・・・今の道徳からいったら人情本の常套の団円たる妻妾の三曲合奏というような歓楽は顰蹙すべき沙汰の限りだが、江戸時代には富豪の家庭の美くしい理想であったのだ。 が、諸藩の勤番の田舎侍やお江戸見物の杢十田五作の買妓にはこの江戸情調が欠けていたので・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・OSSIP SCHUBIN「アルフォンス・ド・ステルニイ氏は十一月にブルクセルに来て、自ら新曲悪魔の合奏を指揮すべし」と白耳義独立新聞の紙上に出でしとき、府民は目を側だてたり。「父」WILHELM SCHAEFER 私の外には此・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・はる、こうろうの花のえん、の曲の合奏である。おや、あたしのお友だちが迎えに来た。行かなくちゃいけない。それじゃあ、お願いしてよ。いいでしょう? 奥さんにね、あたしからだって言わないで、先生から何とか上手に嘘ついて奥さんにあげてよ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・それかといって、人形の演技は決してこの音楽のただの伴奏ではなくて、聴覚的音楽に対する視覚的音楽の対位法であり、立派な合奏である。もっともこの関係は歌舞伎でも同様なわけであろうが、人形芝居において、それがもっとも純化され高調されているように思・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ また音響効果のほうでも、たとえば立ち回りの場で、すぐ眼前を通過する汽車の響きと、格闘者の群れが舗道の石をける靴音との合奏を聞かせたり、あるいはまた終巻でアルベールの愛の破綻と友情の危機を象徴するために、蓄音機の針をレコードの音溝の損所・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ ある若い学者がある日ある学会である論文を発表したその晩に私の宅へ遊びに来てトリオの合奏をやっていたら、突然某新聞記者が写真班を引率して拙宅へ来訪しそうして玄関へその若い学者T君を呼び出し、その日発表した研究の要旨を聞き取り、そうしてマ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・桜の時節だとここの空に造花がいっぱいに飾ってあったりして、正面の階段の下では美しい制服を着た少年が合奏をやっている事もあった。いろいろな商品から出るにおいと、多数の顧客から蒸し出されるガスとで、すっかり入場者を三越的の気分にしてしまう。・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・食卓でちょっと持出されたダンテ魔術団の話と、友人と合奏のときに出たフォイヤーマンのセロ演奏会の噂とでこの夢の西洋人が説明される。魔術が曲馬に変形してそれが猛獣を呼出したと思われる。それからやはり前夜の食卓で何かのついでから、ずっと前に動物園・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
・・・ 三 連句と合奏 連句の文学的作品としての著しい特異性の一つと見るべきことは、それが一つのまとまった全体を形成しておりながらその作者は必ずしも一人の人間でなくてむしろ一般には数人の一団より成る「集合人」であるとい・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・と髯なしが尋ねる時、再び東隣りの合奏が聞え出す。一曲は疾くにやんで新たなる一曲を始めたと見える。あまり旨くはない。「蜜を含んで針を吹く」と一人が評すると「ビステキの化石を食わせるぞ」と一人が云う。「造り花なら蘭麝でも焚き込めばな・・・ 夏目漱石 「一夜」
出典:青空文庫