・・・唐棧の着物なんか着て芸者買いやら吉原通いにさんざん使ってこれも死んだ。三番目のが今、無事で牛込にいる。しかし馬場下の家にではない。馬場下の家は他人の所有になってから久しいものだ。 僕はこんなずぼらな、のんきな兄らの中に育ったのだ。また従・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・入谷はなお半分靄に包まれ、吉原田甫は一面の霜である。空には一群一群の小鳥が輪を作ッて南の方へ飛んで行き、上野の森には烏が噪ぎ始めた。大鷲神社の傍の田甫の白鷺が、一羽起ち二羽起ち三羽立つと、明日の酉の市の売場に新らしく掛けた小屋から二三個の人・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・オヤ小紫ですってそれなら柳橋じゃない吉原でしょう。ナーニ柳橋にも小紫というおいらんがありますよ。スルト、嚊め柳橋においらんがありますか、そりゃ始て聞きました。それでは柳橋の何屋に、などと来るだろう。柳橋の三浦屋サ先日高尾が無理心中をしたその・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・貧乏のために娘を吉原に売るよりはまだ女工の方が人間なみの扱いと思って紡績工場に娘をやって、その娘は若い命を減しながら織った物が、まわりまわってその人たちの親の財布から乏しい現金をひき出してゆくという循環がはじまった。日本の農村生活は封建と資・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・現代社会機構の中に成長する我が息子が、若者になった或る日、何かのはずみにこの不幸不潔な場処へやって来るような場合が起ったら、と或る悲しみと恐怖をもって、花柳病医の看板を見ることはなかったのであろうか。吉原の公娼制度が廃止されることは、健全な・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・本の娘たちは、今日若い婦人たちのほとんどすべてがさまざまの経済的事情から職業を持ち、あの混む電車に乗り、さらにあまりりっぱな服装をしていない若い女性は性病撲滅のためという理由によって、警察にとめられて吉原病院で強制的な検診をさえも受けさせら・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・その崖の上には下町一帯が見晴らせて、父に手をひかれて吉原の大火をその崖から眺めた。丁度日曜日で、目黒の不動へ、筍飯をたべにつれられて行ったそのかえり道に弟と私と二人で、それぞれ父の手につかまって来た。夕方、人々がさわいでその崖上に集り、火事・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・を書こうとも、取材を貫徹して、維新が、封建的地主絶対主義支配の門出であるという特性をわれらに示し、こんにちの窮乏した農民の革命的高揚、その娘が年々多く吉原に売られてくるという慄然たる事実の根源は、明治維新の農民搾取制度にみることが摘発されな・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・ 昔から有名な宮城野信夫の義太夫は、既に東北地方から江戸吉原に売られた娘宮城野とその妹信夫とを扱っているのである。殿様、地頭様、庄屋様、斬りすて御免の水呑百姓という順序で息もつけなかった昔から、今日地主、小作となってまで東北農民の実生活・・・ 宮本百合子 「村からの娘」
・・・妓楼は深川、吉原を始とし、品川へも内藤新宿へも往った。深川での相手は山本の勘八と云う老妓であった。吉原では久喜万字屋の明石と云うお職であった。 竜池が遊ぶ時の取巻は深川の遊民であった。桜川由次郎、鳥羽屋小三次、十寸見和十、乾坤坊良斎、岩・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫