熊本高等学校で夏目先生の同僚にSという○物学の先生がいた。理学士ではなかったがしかし非常に篤学な人で、その専門の方ではとにかく日本有数の権威者だという評判であった。真偽は知らないが色々な奇行も伝えられた。日本にたった二つと・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・ 抽象的な議論よりも、まず一番手近な自分自身の経験を語る方が学生諸君のために、却って参考になるかもしれないと思って、同僚先輩には大いに笑われるつもりでこんなことを書いてしまった。しかし、この個人的な経験はおそらく一般的には応用が利かない・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・彼女は紙巻工であった深水の嫁さんの同僚で、深水の結婚式のとき、てつだいにきていた彼女を、三吉は顔だけみたのである。「どうだあの子、いままで男なんかあったか?」「そんなこと――」 くっくっと嫁さんは笑いこけている。――ないでしょう・・・ 徳永直 「白い道」
・・・或日同僚のドイツ人ユンケル氏から晩餐に招かれた。金沢では外国人は多く公園から小立野へ入る入口の処に住んでいる。外国人といっても僅の数に過ぎないが。私はその頃ちょうど小立野の下に住んでいた。夕方招かれた時刻の少し前に、家を出て、坂を上り、ユン・・・ 西田幾多郎 「アブセンス・オブ・マインド」
・・・どっさりの異性の知人というものが、あるいは同僚があるような公共的な生活が先ずあって、そういう土台からもっと私的なこまかい条件の加わって来る友情も生れる空気が求められるべきだと思う。異性の友情という、どことなし従来の婦人雑誌のトピック向きな空・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・と叫び、あわてふためく同僚に「私は、私は……」と叫びつつかつぎ出される光景をもって結んでいるのである。 伏字によってこの小説の中のかんじんなところはわれわれの目から隠されてしまっている。それらの部分で作者はきっと、思惟の当然の発展として・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ この時までに五六人の同僚が次第に出て来て、いつか机が皆塞がっていた。八時の鐸が鳴って暫くすると、課長が出た。 木村は課長がまだ腰を掛けないうちに、赤札の附いた書類を持って行って、少し隔たった処に立って、課長のゆっくり書類を por・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・裁判所の近処に、小さい借屋をして、下女を一人使っていた。同僚が妻を持てと勧めても、どうしても持たない。なぜだろう、なぜだろうと云ううちに、いつかあれは吝嗇なのだということに極まってしまったそうだ。僕は書生の時から知っていたが、吝嗇ではなかっ・・・ 森鴎外 「独身」
・・・郊外電車の改札口で、乗客をほったらかし、鋏をかちかち鳴らしながら同僚を追っ馳け廻している切符きり、と云った青年であった。「お話をきくと毎日が大変らしいようですね。」 先ずそんなことから梶は云った。栖方は黙ったまま笑った。ぱッと音立て・・・ 横光利一 「微笑」
・・・成瀬氏は大学卒業後まだ間のないころであったが、すでにドイツ文学の講師となっており、同僚の立場から先生を見ることができたのである。氏によると、先生は非常にきちょうめんで、大学の規定は大小となく精確に守られた。同僚の教師たちがなまけて顔を出して・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫