・・・いわゆる見やすい観念などと称するものは、例の『常識』『健全な理知』と称するものと同様にずいぶん穴だらけなものかと思います。」 この返答で聴衆が笑い出したと伝えられている。この討論は到底相撲にならないで終結したらしい。 今年は米国へ招・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・其の時分の書生のさまなぞ、今から考えると、幕府の当時と同様、可笑しい程主従の差別のついて居た事が、一挙一動思出される。 何事にも極く砕けて、優しい母上は田崎の様子を見て、「あぶないよ、お前。喰いつかれでもするといけないから、お止しな・・・ 永井荷風 「狐」
・・・したがって従来経験し尽した甲の波には衣を脱いだ蛇と同様未練もなければ残り惜しい心持もしない。のみならず新たに移った乙の波に揉まれながら毫も借り着をして世間体を繕っているという感が起らない。ところが日本の現代の開化を支配している波は西洋の潮流・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・主客の対立を形式と内容または質料との対立に代えても同様である。フィヒテに至っては、周知の如く、かかる不徹底的矛盾を除去すべく、認識主観の実体化の方向に進んだ。述語的主体は自己自身を限定する形而上学的実体となった。それがフィヒテの超越的自我で・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・人々は各ニイチェの多様質の宇宙の中から、夫々の部分をとつて自家の食餌にしてゐる故、見方によればそのすべてがニイチェズムでもあるけれども、同様にまた、そのすべてがニイチェズムでないのである。甚だしきは独逸近代の軍国主義さへも、ニイチェの影響だ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・また同様に鼓膜も、極めて微細な震動しかしなかった。空気――風――と光線とは誰の所有に属するかは、多分、典獄か検事局かに属するんだろう――知らなかったが、私達の所有は断乎として禁じられていた。 それが今、声帯は躍動し、鼓膜は裂けるばかりに・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・平田がそんな男か、そんな男でないか、五六年兄弟同様にしている私より、お前さんの方がよく知ッてるはずだ。私がまさかお前さんを欺す……」と、西宮がなお説き進もうとするのを、吉里は慌てて遮ッた。「あら、そうじゃアありませんよ。兄さんには済みません・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 成長して他人の家へ行くものは必ずしも女子に限らず、男子も女子と同様、総領以下の次三男は養子として他家に行くの例なり。人間世界に男女同数とあれば、其成長して他人の家に行く者の数も正しく同数と見て可なり。或は男子は分家して一戸の主・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・というのは、当時の語学校はロシアの中学校同様の課目で、物理、化学、数学などの普通学を露語で教える傍ら、修辞学や露文学史などもやる。所が、この文学史の教授が露国の代表的作家の代表的作物を読まねばならぬような組織であったからである。 する中・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・あなたも丁度わたし同様の病気です。うむ。」「ああ、やっぱりさようでございましたか。全く、全く、全く、実に、実に、あいた、いた、いた、いた。」そこでホンブレンドの声がした。「ずいぶん神経過敏な人だ。すると病気でないものは僕とクォー・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫