・・・今のように表面的にはそういう新たな歴史の建設的推進力が見にくくされているような時期には、窮乏化する小市民インテリゲンツィアが、確信をもって新たな次代の階級へ自身を移行させることが困難であると同様に、恋愛や結婚の実際に当っても、本質的な発展は・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・アウシュコルンは糸くずのような塵同様なものを拾ったところをかねての敵に見つけられたから、内心すこぶる恥ずかしく思った。そこで手早く上衣の下にこれをかくした。しかる後、これを後ろのポケットの中に入れた、しかる後、何物をかさがすようなふうをして・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・しかしそれがしは不肖にして父同様の御奉公がなりがたいのを、上にもご承知と見えて、知行を割いて弟どもにおつかわしなされた。それがしは故殿様にも御当主にも亡き父にも一族の者どもにも傍輩にも面目がない。かように存じているうち、今日御位牌に御焼香い・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・私は世界の運動を鵜飼と同様だとは思わないが、急流を下り競いながら、獲物を捕る動作を赤赤と照す篝火の円光を眼にすると、その火の中を貫いてなお灼かれず、しなやかに揺れたわみ、張り切りつつ錯綜する綱の動きもまた、世界の運動の法則とどことなく似てい・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・それから余り附合をしないことも同様です。年越の晩には、極まって来ますが、その外の晩にも、冬になるとちょいちょい来て一しょにトッジイを飲んで話して行きます。」「冬になったら、この辺は早く暗くなるだろうね。」「三時半位です。」「早く・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・そういう人にとっておのれの面目が命よりも貴いのは、外聞に支配されるからではなく、自敬の念が要求するからなのである。同様に、おのれの意地ぎたなさや卑しさは、おのれ自身において許すことができぬ。だからここでもおのれ自身のなかから、男らしさの心構・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫