・・・御蔭で私もまだ見ない土地や名所などを捜る便宜を得ましたのは好都合です。そのついでに演説をする――のではない演説のついでに玉津島だの紀三井寺などを見た訳でありますからこれらの故跡や名勝に対しても空手では参れません。御話をする題目はちゃんと東京・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・いながら知るべき名所を問わず、己が生れしその国を天地世界と心得るは、足を備えて歩行せざるが如し。ゆえに地理書を学ばざる者は、跛者に異ならず。第四、数学 指を屈して物の数を計るをはじめとし、天文・測量・地理・航海・器械製造・商・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・仏蘭西の南部は葡萄の名所にして酒に富む。而してその本部の人民にははなはだしき酒客を見ざれども、酒に乏しき北部の人が、南部に遊び、またこれに移住するときは、葡萄の美酒に惑溺して自からこれを禁ずるを知らず、ついにその財産生命をもあわせて失う者あ・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・と詠み、見もせぬに遠き名所を詠み、しこうして自然の美のおのが鼻の尖にぶらさがりたるをも知らぬ貫之以下の歌よみが、何百年の間、数限りもなくはびこりたる中に、突然として曙覧の出でたるはむしろ不思議の感なきに非ず。彼は何に縁りてここに悟るところあ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
汽笛一声京城を後にして五十三亭一日に見尽すとも水村山郭の絶風光は雲煙過眼よりも脆く写真屋の看板に名所古跡を見るよりもなおはかなく一瞥の後また跡かたを留めず。誰かはこれを指して旅という。かかる旅は夢と異なるなきなり。出ずるに・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・「日本の花火の名所は、東京両国橋ですね。」「ええそのほか岩国とか石の巻とか、あちこちにもあります。」「なるほど。さあ、支度。」陳氏は二人の子供に向きました。一人の子は恭しくバスケットから、狼煙玉を持ち出しました。陳氏はそれを受け・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・自分がトンマですりに会って、シベリア鉄道の沿線に泥棒の名所があるなんて逆宣伝して貰っちゃ困るわよ。 ――大丈夫さ! 心得ている。 暗くなってヴャトカへ着いた。ここはヴャトカ・ウェトルジェスキー経済区の中心だ。列車がプラットフォームへ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・宮崎県では、大事な名所の一つとしているのだろうが、島中に青島神社を祭ったぎり、その特徴ある島の成因について、科学的な説明を与えた印刷物などはどこにも売っていない。潮流の工合で、南洋からそういう植物をのせたまま浮島が漂って来て、大仕掛の山葵卸・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・竜池は自ら津国名所と題する小冊子を著して印刷せしめ、これを知友に頒った。これは自分の遊の取巻供を名所に見立てたもので、北渓の画が挿んであった。 文政五年に竜池の妻が男子を生んだ。これは摂津国屋の嗣子で、小字を子之助と云った。文政五年は午・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・それは東京の名所を描いた絵本だった。そのころは、私はもう私のいた筈の東京を忘れていて、私の一番行きたいところは、湖の見える大津と大伯母のいる上野の町とであった。この伯母には子供が五人もいた。遊女街の中央でただ一軒伯母の家だけ製糸をしていたの・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫