・・・それは「血染の名月」というひどく無理な題目の芝居であった。 兄も呆れて、うんざりして来たらしく、「それは、何も書かない事です。なんにも書くな。以上、終り。」と言って座を立ってしまった。 けれどもこの時の兄の叱咤は、非常に役に立っ・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・しかし知十翁が、「名月や銭金いはぬ世が恋ひし。」の句碑あることを知っているものが今は幾人あるであろう。(因にいう。冬木町の名も一時廃せられようとしたが、居住者のこれを惜しんだ事と、考証家島田筑波氏が旧記を調査した小冊子を公刊した事とによって・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ 蕪村の句の理想と思しきものを挙ぐれば河童の恋する宿や夏の月湖へ富士を戻すや五月雨名月や兎のわたる諏訪の湖指南車を胡地に引き去る霞かな滝口に燈を呼ぶ声や春の雨白梅や墨芳ばしき鴻臚館宗鑑に葛水たまふ大臣かな・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫