・・・寐覚の里へ来て名物の蕎麦を勧められたが、蕎麦などを食う腹はなかった。もとよりこの日は一粒の昼飯も食わなかったのである。木曾の桑の実は寐覚蕎麦より旨い名物である。○苗代茱萸を食いし事 同じ信州の旅行の時に道傍の家に苗代茱萸が真赤になってお・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 犬蓼の花くふ馬や茶の煙 店さきの柿の実つゝく烏かな 名物ありやと問えば力餅というものなりとて大きなる餅の焼きたるを二ッ三ッ盆に盛り来る。 山姥の力餅売る薄かななど戯れつつ力餅の力を仮りて上ること一里余杉樅の・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・「道後に名物がないから陶器を焼いて、道後の名物としようというのヨ。お前らも道後案内という本でも拵らえて、ちと他国の客をひく工面をしてはどうかな。道後の旅店なんかは三津の浜の艀の着く処へ金字の大広告をする位でなくちゃいかんヨ。も一歩進めて、宇・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ Yはヴャトカへ着いたら名物の煙草いれを買うんだと、がんばっている。 車室は暖い。疲れが出て、日本へ向って走っているのではなく、どこか内国旅行しているような呑気な気になってころがりつつ。 ――気をつけなさい。ヴャトカは日本人の旧・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・母ジェニファーの新しい愛人、そして良人として現われたコルベット卿をやっている俳優が、英国風の紳士というものを何か勘ちがいして、英国名物のチャンバーレン、蝙蝠傘は忘れずその手に持参しているばかり、到ってユーモアも男らしい複雑な味もなく一番つま・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・右衛門は「某は只主命と申物が大切なるにて、主君あの城を落せと被仰候わば、鉄壁なりとも乗りとり可申、あの首とれと被仰候わば、鬼神なりとも討ち果し可申と同じく、珍らしき品を求めて参れと被仰候えば、此上なき名物を求めん所存なり」という封建武人のモ・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・物が大切なるにて、主君あの城を落せと仰せられ候わば、鉄壁なりとも乗り取り申すべく、あの首を取れと仰せられ候わば、鬼神なりとも討ち果たし申すべくと同じく、珍らしき品を求め参れと仰せられ候えば、この上なき名物を求めん所存なり、主命たる以上は、人・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・と申物が大切なるにて、主君あの城を落せと仰せられ候わば、鉄壁なりとも乗取り申すべく、あの首を取れと仰せられ候わば、鬼神なりとも討果たし申すべくと同じく、珍らしき品を求め参れと仰せられ候えば、この上なき名物を求めん所存なり、主命たる以上は、人・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・この家では茶を煮るときは、名物の鶴の子より旨いというので、焼芋を買わせる。常磐橋の辻から、京町へ曲がる角に釜を据えて、手拭を被った爺いさんが、「ほっこり、ほっこり、焼立ほっこり」と呼んで売っているのである。酒は自分では飲まないが、心易い友達・・・ 森鴎外 「独身」
・・・それが九月からは四高と一高とに分かれて三年を送り、久しぶりにまた逢うようになったときに、最初に話して聞かせたのが、四高の名物西田幾多郎先生のことであった。日本には今西田先生ほど深い思想を持った哲学者はいない。先生はすでに独特な体系を築き上げ・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫