・・・ お花は叔父のために『君が代』を唱うことに定まり、源造は叔父さんが先生になるというので学校に行ってもこの二、三日は鼻が高い。勇は何で皆が騒ぐのか少しも知らない。 そこでその夜、豊吉は片山の道場へ明日の準備のしのこりをかたづけにいって・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・日本の歌を聞かせろというので、仕方なしにピアノで君が代のメロディだけ弾いたら、誰かが大変悲しい感じがするではないかと云った。 チンネフ君と一つの室に寝た。室には電燈も何もなかった。蝋燭を消したら真暗になった。ひしひしと夜寒が身に沁みた。・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・四月九日 ハース氏と国歌の事を話していたら、同氏が「君が代」を訳したのがあると言って日記へ書き付けてくれた、そしてさびたような低い声で、しかし正しい旋律で歌って聞かせた。 きのうのスペインの少女の名はコンセプシオというのだそうな・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・まずその物理的機構について説明された後に、デモンストレーションのために「君が代」を一ぺんひいて聞かされた。田舎者の自分は、その時生まれて始めてヴァイオリンという楽器を実見し、始めて、その特殊な音色を聞いたのであった。これは物理教室所蔵の教授・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・文相天野貞祐が、各戸に日の丸の旗をかかげさせ、「君が代は千代に八千代にさざれ石の、巖となりて苔のむすまで」と子供の科学では解釈のつかない歌を歌わせたとして、ピチピチと生きてはずんで刻々の現実をよいまま、わるいままに映している子供の心に、何か・・・ 宮本百合子 「修身」
・・・ 青少年の悪化が問題になり、その角度から十代が注目され、文相天野貞祐は、日の丸をかかげること、君が代を唱うこと、修身を復活させようとしている。そして、日本の全人民が、いかなるものに対して犯罪をおかそうとしていると不安なのか、全住民の指紋・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
出典:青空文庫