・・・この一家の主人にして妄に発狂する権利ありや否や? 吾人はかかる疑問の前に断乎として否と答うるものなり。試みに天下の夫にして発狂する権利を得たりとせよ。彼等はことごとく家族を後に、あるいは道塗に行吟し、あるいは山沢に逍遥し、あるいはまた精神病・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 問 自活するは容易なりや否や? トック君の心霊はこの問に答うるにさらに問をもってしたり。こはトック君を知れるものにはすこぶる自然なる応酬なるべし。 答 自殺するは容易なりや否や? 問 諸君の生命は永遠なりや? 答 我ら・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・久保田君、幸いに首肯するや否や? もし又首肯せざらん乎、――君の一たび抛下すれば、槓でも棒でも動かざるは既に僕の知る所なり。僕亦何すれぞ首肯を強いんや。僕亦何すれぞ首肯を強いんや。 因に云う。小説家久保田万太郎君の俳人傘雨宗匠たるは天下・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
・・・ と言いかけてちょっと猶予って、聞く人の顔の色を窺ったのは、こういって客がこのことについて注意をするや否やを見ようとしたので。心にもかけないほどの者ならば話し出して退屈をさせるにも及ばぬことと、年寄だけに気が届いたので、案のごとく判事は・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 民子は一町ほど先へ行ってから、気がついて振り返るや否や、あれッと叫んで駆け戻ってきた。「民さんはそんなに戻ってきないッたって僕が行くものを……」「まア政夫さんは何をしていたの。私びッくりして……まア綺麗な野菊、政夫さん、私に半・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ドロと振乱した半狂乱の体でバタバタと駈けて来て、折から日比谷の原の端れに客待ちしていた俥を呼留め、飛乗りざまに幌を深く卸させて神田へと急がし、只ある伯爵家の裏門の前で俥を停めさせて、若干の代を取らすや否や周章てて潜門の奥深く消えたという新聞・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・戸口を跨ぐや否や「お母さん!」と、呼ばずにはいられないのです。「はーい」と、いう、お母さんのやさしい声をきく時、ほんとうにうれしく、心に満足を覚えるでありましょう。 また、学校にいて、半日、お母さんの顔を見ないことは子供にとっては、・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・等の、社会的という言葉の意味は、個性を没却し、特色を失うということであってはならない、全国一様の教科書は、単に学術的知識を教うるに役立つけれど、その知識が、果して、各児童等の特種的なる経験と一致するや否やを考究するには至らないのであります。・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・とも深かるべし、ただわが言うべきを言わしめたまえ、貴嬢のなすべきことは弁解を力むることにはあらで、諸手を胸に加え厳かに省みたもうことなり、静かにおのが心を吟味したもう事なり、今われ実にかの人を愛するや否やと。おのれの心の変わりゆきし跡を見た・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・しかし一たん見まいと決心したからには意地が出て振り向くのが愧かしく、また振り向くと向かないのとで僕の美術家たり得るや否やの分かれ目のような気がして来た。 またこうも思った、見る見ないは別問題だ、てんであんな音が耳に入るようでそれが気にな・・・ 国木田独歩 「郊外」
出典:青空文庫