・・・あいにくの吹き降りで、不二見村の往還から寺の門まで行く路が、文字通りくつを没するほどぬかっていたが、その春雨にぬれた大覇王樹が、青い杓子をべたべたのばしながら、もの静かな庫裡を後ろにして、夏目先生の「草枕」の一節を思い出させたのは、今でも歴・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・所が午頃からふり出した雨に風が加わって、宅の近くへ参りました時には、たたきつけるような吹き降りでございます。私は門の前でそうそう車賃を払って、雨の中を大急ぎで玄関まで駈けて参りました。玄関の格子には、いつもの通り、内から釘がさしてございます・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・下に寝ねたるその妻、さばかりの吹降りながら折からの蒸暑さに、いぎたなくて、掻巻を乗出でたる白き胸に、暖き息、上よりかかりて、曰く、汝の夫なり。魔道に赴きたれば、今は帰らず。されど、小児等も不便なり、活計の術を教うるなりとて、すなわち餡の製法・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 或る大変吹き降りのする日に、学校から帰ると母の止めるのもきかずに合羽を着小さい奴傘を差して病院に出かけた。 多分独りだったと思う。 まだあんなに道路の改正されない間の本郷の大通りは雨が降るとゴタゴタになって今では想像もされ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・今日は雲の切れめこそ見えるが、急に吹き降りの大粒な雨が落ちる。けれども、今日引こもっては、もう大浦、浦上の天主堂も見ずに仕舞わねばならない。其は残念だ。Y、天を睨み「これだから貧棒旅行はいやさ」と歎じるが、やむを得ず。自動車をよんで・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫