・・・ 李は、話の腰を折られたまま、呆然として、ただ、道士の顔を見つめていた。――やっとこう云う反省が起って来たのは、暫くの間とうもくして、黙っていた後の事である。が、その反省は、すぐにまた老道士の次の話によって、打壊された。「千鎰や二千鎰で・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・が、子女の父兄は教師も学校も許す以上はこれを制裁する術がなく、呆然として学校の為すままに任して、これが即ち文明であると思っていた。 自然女学校は高砂社をも副業とした。教師が媒酌人となるは勿論、教師自から生徒を娶る事すら不思議がられず、理・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・に点呼当日長髪のまま点呼場へ出頭した者は、バリカンで頭の半分だけ刈り取られて、おまけに異様な姿になった頭のままグランドを二十周走らされ、それが終ると竹刀で血が出るくらいたたかれるらしいという噂は、私を呆然とさせた。東京にいる友人からの手紙に・・・ 織田作之助 「髪」
・・・蝶子は気抜けした気持でしばらく呆然としたが、これだけのことは柳吉にくれぐれも頼んだ。――父親の息のある間に、枕元で晴れて夫婦になれるよう、頼んでくれ。父親がうんと言ったらすぐ知らせてくれ。飛んで行くさかい。 蝶子は呉服屋へ駆け込んで、柳・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・――チチシスアサ七ジウエノツク――私はガアーンと頭を殴られた気がして、呆然としてしまった。底知れない谷へでも投りこまれたような、身辺いっさいのものの崩落、自分の存在の終りが来たような感じがした。「どうかなすったんですか?」と、お婆さんは・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・それだのに、そのあてがはずれてしまった。呆然とした。 新規の測量で、新しく敷地にかゝったものは喜んだ。地主も、自作農も、――土地を持っている人間は、悲喜交々だった。そいつを、高見の見物をしていられるのは、何にも持たない小作人だ。「今・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ 四十歳近い頃の作品と思われるが、その頃に突きあたる絶壁は、作家をして呆然たらしめるものがあるようで、私のような下手な作家でさえ、少しは我が身に思い当るところもないではない。たしか、その頃のことと記憶しているが、井伏さんが銀座からの帰り・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・私は極端に糠味噌くさい生活をしているので、ことさらにそう思われるのかも知れませんが、五十歳を過ぎた大作家が、おくめんも無く、こんな優しいお手紙をよくも書けたものだと、呆然としました。怒って下さい。けれども絶交しないで下さい。私は、はっきり言・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・』先夜ひそかに如上の文章を読みかえしてみて、おのが思念の風貌、十春秋、ほとんど変っていないことを知るに及んで呆然たり、いや、いや、十春秋一日の如く変らぬわが眉間の沈痛の色に、今更ながらうんざりしたのである。わが名は安易の敵、有頂天の小姑、あ・・・ 太宰治 「喝采」
・・・行ってみて呆然としてしまった。変っているどころではなかったのである。 僕はその日、すぐに庭から六畳の縁側のほうへまわってみたのであるが、青扇は猿股ひとつで縁側にあぐらをかいていて、大きい茶碗を股のなかにいれ、それを里芋に似た短い棒でもっ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫