最近、昆虫学の泰斗として名声のあった某理学博士が、突然に逝去された報道は、自分に、暫くは呆然とする程の驚きと共に、深い深い二三の反省ともいうべきものを与えました。故博士に就て、自分は何も個人的に知ってはおりません。 た・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・それのみか、一年の時を経た昨今、彼らは呆然自失から立ちなおり、きわめて速力を出して、この佝僂病が人間性の上にのこされているうちに、まだわたしたちの精神が十分強壮、暢達なものと恢復しきらないうちに、その歪みを正常化するような社会事情を準備し、・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ この間きいた実際の話で、或る小学校長が毎朝子供達に体操をさせるとき、忠孝、忠孝というかけ声をかけさせようかと提案して、居合せた人々を暫し呆然とさせたということがあった。 忠ということ孝ということ、それは健全である。だからと云って号・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・同時に、この期間は、呆然自失していた旧権力がおのれをとり戻し、そろそろ周囲を見まわして、自分がつかまって再び立ち上る手づるは何処にあるかという実体を発見した時期でもあった。資本の利害と打算は国際的であって、ファシズムの粉砕、世界の永続的な平・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・ ポツダム宣言の受諾によって、日本の侵略戦争の本質が示され、民主主義の方向をとるといっても、日本の多数の人々が、呆然としているばかりだったのは無理なかった。海もてかこまれし島の住民は、自分たちの運命を破壊しているのがファシストであり、狩・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・家屋を越えて行くと庭に川島が呆然として居、呼んでも返事もせず。やっと心づき「お話ししなければならないことがある」と云ってやって来、叔母、季夫が圧死し、咲枝、一馬に助けられ、材木座の八百屋わきのトタン屋根の仮小屋に避難した由を云う。国男すぐ川・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 海老屋へ行った禰宜様宮田は、きっとふんだんな御褒美にあずかって来るものだと思って、待ちに待っていたお石は、空手で呆然戻って来た彼を見ると、思わず、「とっさん、土産あ後からけえ?」と訊かずにはおられなかった。が、「馬鹿えこく・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ルイザは呆然として、皇帝ナポレオン・ボナパルトが射られた獣のように倒れている姿を眺めていた。「陛下、いかがなさいました」 ボナパルトは自分の傍に蹲み込む妃の体温を身に感じた。「ルイザお前は何しに来た?」「陛下のお部屋から、激・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・彼は手を放したまま呆然たる蔵のように、虚無の中へ坐り込んだ。そうして、今は、二人は二人を引き裂く死の断面を見ようとしてただ互に暗い顔を覗き合せているだけである。丁度、二人の眼と眼の間に死が現われでもするかのように。彼は食事の時刻が来ると、黙・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・そうして呆然に取られている我々に、あの三尊を初めて見た時の感銘を語って聞かせた。特に先生が力説したのはあの像の肌の滑らかさであったように思う。あの像もまた単に色や形をのみ見るのではなくして、まさしく触感を見るというべきものである。それもただ・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
出典:青空文庫