・・・上野に一軒、モデルを周旋してくれる家があるようであるが、杉野君はいつも、その家の前まで行ってはむなしく引返して来るらしいのである。なんとも恥ずかしくて、仕様が無いらしいのである。私は玄関に立ったままで、「君が行って、たのんで来たのかね。・・・ 太宰治 「リイズ」
・・・同窓の友グロスマンの周旋で特許局の技師となって、そこに一九〇二年から一九〇九年まで勤めていた。彼のような抽象に長じた理論家が極めて卑近な発明の審査をやっていたという事は面白い事である。彼自身の言葉によるとこの職務にも相当な興味をもって働いて・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・すなわち、今の土地家屋売買周旋業と云ったような商売で、口と足とさえ働かしておれば自然に懐中に金の這入って来る種類の職業であったらしい。五十近いでっぷり肥った赤ら顔でいつも脂ぎって光っていたが、今考えてみるとなかなか頭の善さそうな眼付きをして・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・日本の芸術界は此の二氏の周旋を俟って、未曾て目にしたことのなかった美術の名作を目睹し、また未嘗て耳にした事のなかった歌謡音楽を聴き得たわけである。わが当代の芸術界は之がために如何なる薫化を蒙ったかはまだ之を審にすることができない。然し松方山・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・カーライルはこのクロムウェルのごときフレデリック大王のごときまた製造場の煙突のごとき家の中でクロムウェルを著わしフレデリック大王を著わしディスレリーの周旋にかかる年給を擯けて四角四面に暮したのである。 余は今この四角な家の石階の上に立っ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・徳利自身に貴重な陶器がないとは限らぬが、底が抜けて酒を盛るに堪えなかったならば、杯盤の間に周旋して主人の御意に入る事はできんのであります。今かりに大弾丸の空裏を飛ぶ様を写すとする。するとこれを見る方に二通りある。一は単に感覚的で、第一に述べ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・「さよう、実に御気の毒だから周旋したいのだが、倫敦には別に朋友というものがないから――」。それでもせんだってまでは日本人が一人おった。この先生はすこぶる陽気な人でこんな家には向かない。我輩がほととぎすを読んでいるのを見て、君も天智天皇の方は・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・私は高等学校へ周旋してくれた先輩に半分承諾を与えながら、高等師範の方へも好い加減な挨拶をしてしまったので、事が変な具合にもつれてしまいました。もともと私が若いから手ぬかりやら、不行届がちで、とうとう自分に祟って来たと思えば仕方がありませんが・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・例えば年若き婦人が出産のとき、其枕辺の万事を差図し周旋し看護するに、実の母と姑と孰れが産婦の為めに安心なるや。姑必ずしも薄情ならず、其安産を祈るは実母と同様なれども、此処が骨肉微妙の天然にして、何分にも実母に非ざれば産婦の心を安んずるに足ら・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一、旧藩地に私立の学校を設るは余輩の多年企望するところにして、すでに中津にも旧知事の分禄と旧官員の周旋とによりて一校を立て、その仕組、もとより貧小なれども、今日までの成跡を以て見れば未だ失望の箇条もなく、先ず費したる財と労とに報る丈けの・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫