・・・去年ちゃんと刈りこまなけりゃ、この萩はこうは咲くもんじゃない。」「しかしこの芝の上を見給え。こんなに壁土も落ちているだろう。これは君、震災の時に落ちたままになっているのに違いないよ。」 僕は実際震災のために取り返しのつかない打撃を受・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・「じゃ花が十咲くかね?」 五年の百合には五つ花が出来、十年の百合には十花が出来る、――彼等はいつか年上のものにそう云う事を教えられていた。「咲くさあ、十ぐらい!」 金三は厳かに云い切った。良平は内心たじろぎながら、云い訣のよ・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・ しかしそんな優しい霊の動きは、壊された、あらゆる夢、殺された、あらゆる望の墓の上に咲く花である。 それだから、好い子、お前は釣をしておいで。 お前は無意識に美しい権利を自覚しているのであるから。 魚を殺せ。そして釣れ。・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・ 鉈豆煙管を噛むように啣えながら、枝を透かして仰ぐと、雲の搦んだ暗い梢は、ちらちらと、今も紫の藤が咲くか、と見える。 三「――あすこに鮹が居ます――」 とこの高松の梢に掛った藤の花を指して、連の職人が、い・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 弥生の末から、ちっとずつの遅速はあっても、花は一時に咲くので、その一ならびの塀の内に、桃、紅梅、椿も桜も、あるいは満開に、あるいは初々しい花に、色香を装っている。石垣の草には、蕗の薹も萌えていよう。特に桃の花を真先に挙げたのは、むかし・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・彼岸桜の咲くとか咲かぬという事が話の問題になる頃は、都でも田舎でも、人の心の最も浮き立つ季節である。 某の家では親が婿を追い出したら、娘は婿について家を出てしまった、人が仲裁して親はかえすというに今度は婿の方で帰らぬというとか、某の娘は・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「しかしながらわれらは外に失いしところのものを内において取り返すを得べし、君らと余との生存中にわれらはユトランドの曠野を化して薔薇の花咲くところとなすを得べし」と彼は続いて答えました。この工兵士官に預言者イザヤの精神がありました。彼の血管に・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・「きっと、美しい花が咲くにちがいない。」と、みんなは、たのしみにして、それを黒い素焼きの鉢に、別々にして植えて大事にしておきました。 ほんとうに、久しぶりで、そのお姉さんからは、たよりがあったのです。そして、その手紙の中には、「のぶ子さ・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・いろいろの花が咲くには、まだ早かったけれど、梅の花は、もう香っていました。この静かな黄昏がた、三人の天使は、青い空に上ってゆきました。 その中の一人は、思い出したように、遠く都会のかなたの空をながめました。たくさんの煙突から、黒い煙が上・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・ 別製アイスクリーム、イチゴ水、レモン水、冷やし飴、冷やしコーヒ、氷西瓜、ビイドロのおはじき、花火、水中で花の咲く造花、水鉄砲、水で書く万年筆、何でもひっつく万能水糊、猿又の紐通し、日光写真、白髪染め、奥州名物孫太郎虫、迷子札、銭亀、金・・・ 織田作之助 「道なき道」
出典:青空文庫