・・・しかし給仕を信用すれば、スタアだけは生憎品切れだった。「エエア・シップならばございますが、……」 僕は頭を振ったまま、広いロッビイを眺めまわした。僕の向うには外国人が四五人テエブルを囲んで話していた。しかも彼等の中の一人、――赤いワ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・このごろ、くまのいが、品切れで困っているのですから、値をよく買いますよ。」と、薬屋はいいました。 これをきいて、猟師は、よろこんで引き受けました。 村から、西にかけて、高い山々が重なり合っていました。昔から、その山にはくまや、おおか・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
その男は毎日ヒロポンの十管入を一箱宛買いに来て、顔色が土のようだった。十管入が品切れている時は三管入を三箱買うて行った。 敏子は釣銭を渡しながら、纒めて買えば毎日来る手間もはぶけるのにと思ったが、もともとヒロポンの様な・・・ 織田作之助 「薬局」
・・・メンコ屋で、品切れになっていたのかも知れない。持主の男の子は、かねがね、どんなにそれを淋しがっていたことだろう。どんなに、ひそかに気がひけていたろう。どんなに東の横綱が、ほしかったろう。所蔵の童話の本、全部を投げ打っても、その東の横綱と交換・・・ 太宰治 「春の盗賊」
近頃は大分方々の雑誌から談話をしろしろと責められて、頭ががらん胴になったから、当分品切れの看板でも懸けたいくらいに思っています。現に今日も一軒断わりました。向後日本の文壇はどう変化するかなどという大問題はなかなか分りにくい・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
出典:青空文庫