・・・ただ、それがいつもの哄然たる笑声に変らなかったのは、先生の見すぼらしい服装と金切声をあげて饒舌っている顔つきとが、いかにも生活難それ自身の如く思われて、幾分の同情を起させたからであろう。しかし自分たちの笑い声が、それ以上大きくならなかった代・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ あらず、あらず、彼女は犬にかまれて亡せぬ、恐ろしき報酬を得たりと答えて十蔵は哄然と笑うその笑声は街多き陸のものにあらず。 二郎は頭あげて、しからばかのふびんなる少女もついには犬にかまるべきか。 犬や犬や浮世の街にさすろうもの犬・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ネ、ハイなるほどそうですネ、と云っていると、東坡巾の先生はてんぜんとして笑出して、君そんなに感服ばかりしていると、今に馬糞の道傍に盛上がっているのまで春の景色だなぞと褒めさせられるよ、と戯れたので一同哄然と笑声を挙げた。 東坡巾先生は道・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・その中にも百姓の強壮な肺の臓から発する哄然たる笑声がおりおり高く起こるかと思うとおりおりまた、とある家の垣根に固く繋いである牝牛の長く呼ばわる声が別段に高く聞こえる。廐の臭いや牛乳の臭いや、枯れ草の臭い、及び汗の臭いが相和して、百姓に特有な・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫