・・・しかし極端な自然科学的唯物論者におくめんなき所見を言わせれば、人間にとってなんらかの見地から有益であるものならば、それがその固有の功利的価値を最上に発揮されるような環境に置かれた場合には常に美である、と考えられるであろう。 この考えを実・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ これらの泥塗事件も唯物論的に見ると、みんな結局は内分泌に関係のある生化学的問題に帰納されるのかもしれない。そういえば、春過ぎて若葉の茂るのも、初鰹の味の乗って来るのも山時鳥の啼き渡るのもみんなそれぞれ色々な生化学の問題とどこかでつなが・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・ これらの武士道観、恋愛観は、ある意味からともかくも唯物論的な西鶴の立場を窺わせる窓口となるものでないかと思われる。『永代蔵』中に紹介された致富の妙薬「長者丸」の処方、『織留』の中に披露された「長寿法」の講習にも、その他到る処に彼一・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・俳句の本、山登りの本、唯物論的弁証法の本、ゴルフの本、なんでも無いものはないように見える。ところが、何かしらある些細な題目についてやや確実詳細な具体的知識を得たいと思って参考書を捜すとなってみると、さて、なかなか容易に自分の要求に適応する本・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ このとんぼの問題が片付くまでは、自分にはいわゆる唯物論的社会学経済学の所論をはっきり理解することが困難なように思われるのである。 三 三上戸 あるビルディングの二階にある某日本食堂へ昼飯を食いに上がった。デパー・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ある人はこれを社会経済状態の欠陥のせいだと信じ、またある人は唯物論的思想の流行による国民精神の廃頽のせいだと思い込む。しかしこれらの動揺の真因は必ずしもそう手近な簡単なものではないかもしれないと思われる。 いろいろ考えられる原因の中での・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・それはせっかくの神秘なものを浅薄なる唯物論者の土足に踏みにじられるといったような不快を感じるからであるらしい。しかしそれは僻見であり誤解である。いわゆる科学的説明が一通りできたとしても実はその現象の神秘は少しも減じないばかりでな・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・ジャズや弁証法的唯物論のはやる都会でも、朝顔の鉢はオフィスの窓に、プロレタリアの縁側に涼風を呼んでいるのである。 この日本的の涼しさを、最も端的に表現する文学はやはり俳句にしくものはない。詩形そのものからが涼しいのである。試みに座右の漱・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・マルクスやエンゲルスとは別個に唯物弁証法的哲学をうちたてたという偉大なドイツの労働者についてくわしくは知らなかったけれど、感じさせた。それはきよらかで、芸術的でさえある気がしていた。ディーツゲンのようにえらくはないにしても、地方にいて、何の・・・ 徳永直 「白い道」
・・・わたくしは上陸したその瞬間から唯物珍らしいというよりも、何やら最少し深刻な感激に打たれていたのであった。その頃にはエキゾチズムという語はまだ知ろうはずもなかったので、わたくしは官覚の興奮していることだけは心づいていながら、これを自覚しこれを・・・ 永井荷風 「十九の秋」
出典:青空文庫