・・・僧坊のおみくじでは、前途成好事――云々とあったが、あの際大吉は凶にかえるとあの茶店の別ピンさんが口にしたと思いますが、鎌倉から東京へ帰り、間もなく帰郷して例の関係事業に努力を傾注したのでしたが、慣れぬ商法の失敗がちで、つい情にひかされやすい・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・お三輪が小竹の隠居と言われる時分には、旦那は疾くにこの世にいない人で、店も守る一方であったが、それでも商法はかなり手広くやり、先代が始めた上海の商人との取引は新七の代までずっと続いていた。 お三輪は濃い都会の空気の中に、事もなく暮してい・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・眼のさめて在る限り、枕頭の商法の教科書を百人一首を読むような、あんなふしをつけて大声で読みわめきつづけている一受験狂に、勉強やめよ、試験全廃だ、と教えてやったら、一瞬ぱっと愁眉をひらいた。うしろ姿のおせん様というあだ名の、セル着たる二十五歳・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・藩中に商業行わるれば上士もこれを傍観するに非ず、往々竊に資本を卸す者ありといえども、如何せん生来の教育、算筆に疎くして理財の真情を知らざるが故に、下士に依頼して商法を行うも、空しく資本を失うか、しからざればわずかに利潤の糟粕を嘗るのみ。・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ 木屋の政の悪商法を知らないものはなかったけれ共その男の手を経なければ一本の木も売る事はむずかしかった。 翌日の夕方政はやって来た。 絹の重ね着をして、年よりずっとはでな羽織を着、籐表ての駒下駄を絹足袋の□(にひっかけて居る。・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫