・・・もちろん営利を主とする会社の営業方針に縛られた映画人に前衛映画のような高踏的な製作をしいるのは無理であろうが、その縛繩の許す自由の範囲内でせめてスターンバーグや、ルービッチや、ルネ・クレールの程度においてオリジナルな日本映画を作ることができ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・娼家の跡は商舗または下宿屋の如きものとなったが、独八幡楼の跡のみ、其の庭園の向ヶ岡の阻崖に面して頗幽邃の趣をなしていたので、娼楼の建物をその儘に之を温泉旅館となして営業をなすものがあった。当時都下の温泉旅館と称するものは旅客の宿泊する処では・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ 博文館なるものはここに説くまでもなく、貴族院議員大橋新太郎という人を頭に戴いて、書籍雑誌類の出版を営業としているものである。ふらふらと僕の家へやって来た女は一時銀座の或カッフェーに働いていた給仕人である。本屋と女給とは職業が大分ちがっ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・例えば新聞を拵えてみても、あまり下品な事は書かない方がよいと思いながら、すでに商売であれば販売の形勢から考え営業の成立するくらいには俗衆の御機嫌を取らなければ立ち行かない。要するに職業と名のつく以上は趣味でも徳義でも知識でもすべて一般社会が・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・この新聞は上品な新聞だからここへ出る広告なら間違はないと思って四月十七日の分の広告欄を読み始めると、存外営業的のが多くって素人家へ置きたいと云うのが少ない。しかしいろいろのがある。「宿料低廉、風呂付、食物上等」こんなのは普通なのだ。「ハイド・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
「猫」の稿を継ぐときには、大抵初篇と同じ程な枚数に筆を擱いて、上下二冊の単行本にしようと思って居た。所が何かの都合で頁が少し延びたので書肆は上中下にしたいと申出た。其辺は営業上の関係で、著作者たる余には何等の影響もない事だから、それも善・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・左れば今日人事繁多の世の中に一家を保たんとするには、仮令い直に家業経営の衝に当らざるも、其営業渡世法の大体を心得て家計の方針を明にし其真面目を知るは、家の貧富貴賤を問わず婦人の身に必要の事なりと知る可し。是れが為めには娘の時より読み書き双露・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・この点より論ずるときは、仕官もまた営業渡世の一種なれども、俸給の他に位階勲章をあたうるは、その労力の大小にかかわらず、あたかも日本国中の人物を排列してその段等を区別するものにして、官途にはおのずから抜群の人物多きがゆえに、位階勲章を得る者の・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 本塾に入りて勤学数年、卒業すれば、銭なき者は即日より工商社会の書記、手代、番頭となるべく、あるいは政府が人をとるに、ようやく実用を重んずるの風を成したらば、官途の営業もまた容易なるべく、幸にして資本ある者は、新たに一事業を起して独立活・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・吉原の公娼制度が廃止されることは、健全な結婚の可能性が我々の生きる今日の社会条件の中に増大されたのではなくて、多額納税議員をもその中から出している女郎屋の楼主たちが、昨今の情勢で営業税その他を課せられてまでの経営は不利と認めたからである。・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
出典:青空文庫