・・・離れの二階は陰気だったけれど、奥の方の四畳半の窓の下へ机をすえれば、裏の家の羽目に鼻が閊そうであったけれど、けっこう仕事はできそうであった。 お絹はいつでもお茶のはいるように、瀟洒な瀬戸の風炉に火をいけて、古風な鉄瓶に湯を沸らせておいた・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・二階は三畳の間が二間、四畳半が一間、それから八畳か十畳ほどの広い座敷には、寝台、椅子、卓子を据え、壁には壁紙、窓には窓掛、畳には敷物を敷き、天井の電燈にも装飾を施し、テーブルの上にはマッチ灰皿の外に、『スタア』という雑誌のよごれたのが一冊載・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・私の家は二畳に四畳半の二間きりである。四畳半には長火鉢、箪笥が二棹と机とが置いてある。それで、阿久と、お袋と、阿久の姉と四人住んでいるのである。その家へある日私の友達を十人ばかり招いて酒宴を催したのである。先ず縁側に呉座を敷いた。四・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・これはまことに結構な事で、我々文学者が四畳半のなかで、夢のような不都合な人物、景色、事件を想像して好加減な事を並べて平気でいるよりも遥に熱心な御研究であります。その効能は固より御承知の事で、私などがかれこれ申すのも釈迦に何とかいう類になりま・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・文学は伝記にあらず、記実にあらず、文学者の頭脳は四畳半の古机にもたれながらその理想は天地八荒のうちに逍遙して無碍自在に美趣を求む。羽なくして空に翔るべし、鰭なくして海に潜むべし。音なくして音を聴くべく、色なくして色を観るべし。かくのごとくし・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・そこをあけると、玄関が二畳でそこにはまだ一部分がこわれたので、組立てられずに白木の大本棚が置いてあり、右手の唐紙をあけると、そこは四畳半で、箪笥と衣桁とがおいてあり、アイロンが小さい地袋の上に光っている。そこの左手の襖をあけると、八畳の部屋・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 寝室つき書斎二つ、各々十畳に四畳半位ずつ。客間、十三四畳。食堂、十一二畳、配膳室三畳。台所、六畳位。浴室、五畳。女中部屋六七畳。総体で幾坪になりますか。出来るなら、簡素なハーフ・ティンバーの平屋にし、冬は家中を暖める丈の、暖房装置・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・横田嘲笑いて、それは力瘤の入れどころが相違せり、一国一城を取るか遣るかと申す場合ならば、飽くまで伊達家に楯をつくがよろしからん、高が四畳半の炉にくべらるる木の切れならずや、それに大金を棄てんこと存じも寄らず、主君御自身にてせり合われ候わば、・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・相役嘲笑いて、それは力瘤の入れどころが相違せり、一国一城を取るか遣るかと申す場合ならば、飽くまで伊達家に楯をつくがよろしかるべし、高が四畳半の炉にくべらるる木の切れならずや、それに大金を棄てんこと存じも寄らず、主君御自身にてせり合われ候わば・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・「そういう自分は未だに飯倉の借家住居で、四畳半の書斎でも事はたりると思いながら自分の子のために永住の家を建てようとすることは、我ながら矛盾した行為だ」という言葉のうちに、それが察せられる。が、その時に藤村が考えたのは、たぶん、ささやかな質素・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫