・・・顋の四角い彼女の顔は唯目の大きいと言う以外に格別美しいとは思われなかった。が、彼女の前髪や薄い黄色の夏衣裳の川風に波を打っているのは遠目にも綺麗に違いなかった。「見えたか?」「うん、睫毛まで見える。しかしあんまり美人じゃないな。」・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ また疳走った声の下、ちょいと蹲む、と疾い事、筒服の膝をとんと揃えて、横から当って、婦の前垂に附着くや否や、両方の衣兜へ両手を突込んで、四角い肩して、一ふり、ぐいと首を振ると、ぴんと反らした鼻の下の髯とともに、砂除けの素通し、ちょんぼり・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・そのころ東成禁酒会の宣伝隊長は谷口という顔の四角い人でしたが、私は谷口さんに頼まれて時々演説会場で禁酒宣伝の紙芝居を実演したり、東成禁酒会附属少年禁酒会長という肩書をもらって、町の子供を相手に禁酒宣伝や貯金宣伝の紙芝居を見せたりしました。そ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・これはどういうわけであろうと考えて、新吉はふと、この詰将棋の盤はいつもの四角い盤でなく、円形の盤であるためかなとも思った。実は新吉の描こうとしているのは今日の世相であった。 世相は歪んだ表情を呈しているが、新吉にとっては、世相は三角でも・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・芸者上りの彼女は純白のドレスの胸にピンクの薔薇をつけて、頭には真紅のターバン、真黒のレースの手袋をはめている許りか、四角い玉の色眼鏡を掛けているではないか。私はどんな醜い女とでも喜んで歩くのだが、どんな美しい女でもその女が人眼に立つ奇抜な身・・・ 織田作之助 「世相」
・・・井戸側は四角い。ふたがちゃんとついている。大きな輪があって、そこについている小さいとってで輪をまわし、繩をゆるめて水を汲みあげる仕掛になっている。シベリアの方でも田舎の井戸はこんな形だった。 日本でも女が水汲みをする。ロシアでも女がやっ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・こんなさっぱりと四角い紙に気持よく朱の線の通っている原稿紙がやがて、昔話になるかもしれませんね。 炭には困るわ。あなたのお仕事は羨しいと存じます。だって一心に練習なさっているとき、舞台にいらっしゃるとき、云ってみれば寒さ知らずでいらっし・・・ 宮本百合子 「裏毛皮は無し」
・・・ 今頃私が立つ様になろうとは思って居なかった祖母は私に下さるお金をくずしにすぐそばの郵便局まで行って下すった。 四角い電燈の様なもののささやかな灯影が淋しい露のじめじめした里道をゆれて行くのを見ると今更やるせない気持になって口の大き・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・この四角い帽子をいただいた二つの頭は、果して新しき老農夫を満足し啓蒙するだけの知識をもっていながら、彼等が余りエレガントであるために只ああやって蒼白き微笑のみで答えたのか。または、大きな声では云えないが、頭はただきれいに分けた髪の毛の台に過・・・ 宮本百合子 「北へ行く」
・・・ハンドレッド・ベスト・ホームソングスというような厚い四角い譜ももって来た。ニッケルの大きい朝顔のラッパがついた蓄音器も木箱から出て来た。柿の白い花が雨の中に浮いていたことを覚えているから、多分その翌年の初夏ごろのことであったろう。父は裏庭に・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
出典:青空文庫