・・・然し、確に昨夜、食事に小幡をこの部屋へ案内する前、雑誌や新聞をこの隅に重ねた時、間に、フランス鞣に真珠貝のボタンのついた四角い小銭入れが在った覚えがある。考え出そうと頭を傾げ乍ら戸棚の奥まで徒に探した愛は、急に何か思い当て嬉しそうに柔かい毛・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・流しから曲ったところが三尺に一間のコンクリで、突当りに曇った四角い鏡が吊ってある。看守が用便中のものを監視する為の仕かけである。窓のない暗い便所にかがんでいる間、自分の頭は細かくいろいろな方面に働いた。そして、聞いたばかりの短い言葉から推察・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・随分四角いでしょう! でも赤いボタンは可愛いでしょう! どうぞあんまり蹴破らないで下さい。どてらが送れたので思いがけない人が胸をなで下しています。国男さんがこの間内、暖かいどてらを着ていて、それをみると私がそばへ寄って、なでてみて「あったか・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・祖母の鏡立ては木目のくっきりした渋色の艷のある四角い箱のようなものであった。鏡は妙によく見えなくて、いくら拭いても見えないことには変りがなかった。 父が何年も何年も前に一つの鏡を私にくれた。古風な唐草模様のピアノの譜面台らしいものに長方・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・畑などどしどし宅地に売られ、広い地所をもった植木屋は新しい切り割り道を所有地に貫通させ、奥に、売地と札を立てた四角い地面を幾区画か示している。私なら、ああいう場処に住むのはいやと思った。新開地で樹木が一本もなく赭土がむき出しなばかりではない・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・風の文句に、仰々しく一々何々論何々論、と四角い字を並べ、肩を張って読んだ人々の心持を考えると、漫に洋学が公然日本に入りかけた時代の、白熱した一般の読書慾、知識慾を思いやられる。 彼等は、書いてあることが下らなかろうが、支那人向きであろう・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・壁画のある、天井の高い大食堂の窓からは、灰色のうろこ形スレートぶきの小屋根、その頂上の風見の鳩、もと礼拝所であったらしい小さい四角い塔などが狭くかたまって見えた。塔の内に大小三つの鐘があるのも見える。 ガラス張の屋内温室の、棕梠や仙人掌・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・おとなしい門の上に古風な四角いランプ型の門燈が立てられて、アトリエらしい室が見えた。門のすぐわきにバスの停留場があった。 空襲ではそこも焼かれた。翌る朝、鼻をつくやけあとの匂いとまだ低く立ちこめている煙の間に、思いがけず鴎外の大理石胸像・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・あけて見たら、白い四角い箱が出て、中の薄紙には、アンリー・ブランの金の時計が入っている。私は意外でうれしいのと恐縮したのとで、顔を赤くした。「蛙の目玉」の著者は、あなたでも小僧にかっぱらわれる位抜けたところがあるのが面白いから、この間のとり・・・ 宮本百合子 「時計」
・・・深い長めな四角い箱で、積んである外見に、そのなかにつめられている本の重量が感じられた。今年の夏、駿河台にある雑誌記念館へ行ったときも、その建物の中の使われていない事務室の床の上に、こういう木箱がずっしりとつみ上げられていた。日本から海を越え・・・ 宮本百合子 「図書館」
出典:青空文庫