・・・並んでいる男の人達とは鍵のてになった四角い座敷の方に宮本がいる。わたしはそちらへ行った。こちらには膳が出ていない。新聞のようなものが畳の上に無雑作に出しぱなしになっていて、其処にいるだけの人々は一つの安心した気分で結ばれている。その気配が私・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・東京の様に四角い薄平ったいものにするのではなく、臼から出したまんま蒸すのでまとまりのつかないデロッとした形恰になって居る。それを手で千切って、餡の中や汁の中へ入れる。あまりは鍋などの中へ千切って入れて置くのである。見た所は、出来上りでも東京・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ひろ子も、その重吉の二つの眼が、ふだんとちがって濃い睫毛に黒くふちとられた四角い二つのまなことなって自分の上にあるのを見ていた。「ひろ子、覚えているかい? 俺が、文学報国会なんてものは脱退しろ、とあんなに云ったとき、何てがんばったか。―・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・、「それを理論的組立ての四角い中にはめこむことは困難である」と話し、ゴーリキイもそれはそう考えた。二人とも、コロレンコにあっては知的蓄積、ゴーリキイにあってはその鋭い生活的追求力にもかかわらず、正統なマルクスの唯物論というのは、複雑な現実を・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・ 錠をかけたのは四角い大きな樺の木箱だ。それは明日モスクワから日本へ向って送り出されるべきものだ。――日本女そのものがいよいよ明日はモスクワを去ろうとしているのだ。 左の方にプーシュキン記念像がある。有名なマントをひっかけてたたずん・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
これまで、郵便切手というものは、私たちのつましい生活と深いつながりのある親しみぶかいものであった。三銭の切手一枚で封書が出せた頃、あのうす桃色の小さい四角い切手は、都会に暮しているものに故郷のたよりを、田舎に住んでいるもの・・・ 宮本百合子 「郵便切手」
・・・ 森さんの旧邸は今元の裏が表口になっていて、古めかしい四角なランプを入れた時代のように四角い門燈が立っている竹垣の中にアトリエが見えて、竹垣の外には団子坂を登って一息入れる人夫のために公共水飲場がある。傍にバスの停留場がある。ある日、私・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・そして、一時間の後には旭の紋の浮き上った四角い大きな箱棺が安次の小屋へ運ばれていた。十六「こりゃ上等や。こんなんなら俺でも這入りたいが。どうや伯母やん、一寸這入ってみやえ。」と秋三はお霜に云って、勘次の造って来た箱棺を叩いて・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫