・・・「旧券の時に、市電の回数券を一万冊買うた奴がいるらしい」「へえ、巧いことを考えよったなア。一冊五円だから、五万円か。今、ちびちび売って行けば、結局五万円の新券がはいるわけだな」「五十銭やすく売れば羽根が生えて売れるよ。四円五十銭・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・――それはもう彼が限られた回数通り過ぎたことのあるいつもの道ではなかった。いつの頃から歩いているのか、喬は自分がとことわの過ぎてゆく者であるのを今は感じた。 そんな時朝鮮の鈴は、喬の心を顫わせて鳴った。ある時は、喬の現身は道の上に失われ・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・私が聴いたのは何週間にもわたる六回の連続音楽会であったが、それはホテルのホールが会場だったので聴衆も少なく、そのため静かなこんもりした感じのなかで聴くことができた。回数を積むにつれて私は会場にも、周囲の聴衆の頭や横顔の恰好にも慣れて、教室へ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・切り取った回数券はじかに細君の手へ渡してやりながら、彼は六ヶ敷い顔でそう言った。「ここだった」と彼は思った。灌木や竹藪の根が生なました赤土から切口を覗かせている例の切通し坂だった。 ――彼がそこへ来かかると、赤土から女の太腿が出てい・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 停留場の駅長が赤い回数切符を切って返した。この駅長もその他の駅夫も皆この大男に熟している。せっかちで、あわて者で、早口であるということをも知っている。 板囲いの待合所に入ろうとして、男はまたその前に兼ねて見知り越しの女学生の立って・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ この間子供等大勢で電車に乗った時に回数切符を出して六枚とか七枚とかに鋏を入れさせた。そして下車する時にうっかり間違えて鋏を入れないのを二、三枚交ぜて切って渡したらしい。それで手許にはそれだけ鋏の入ったのが残っていた訳である。そうとも知・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・測候所の数には限りあり、観測の範囲、回数にも限定あり。特に高層観測のごとき一層この限定を受くる事甚だし。それにもかかわらず現に天気予報がその科学的価値を認められ、実際上ある程度まで成効しおるは如何なる理由によるべきか。 数十里、数百里を・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・最も簡単な理想的の場合だと、停車回数に等しい羃数で収容人数が増加するわけである。実際には車の容量に制限されるから、そう無制限には増さないだろうが、ともかくも、「込んだ車はますます込むような傾向をもつ」という結論にはたいした誤謬はないはずであ・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・すなわち振動体の減衰するエネルギーを弓の仕事で補給する、その補給の回数と適当な位相とを振動体の振動自身が調節するというのである。この点では実際ラジオなどに使う真空管とよく似た場合である。 しかしこれだけの説明で満足しないでもう一歩深く立・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・風雅の心のない武将は人を御することも下手であり、風雅の道を解しない商人はおそらく金もうけも充分でなかったであろうし、朝顔の一鉢を備えない裏長屋には夫婦げんかの回数が多かったであろうと思われる。これが日本人である。風雅の道はいかなる積極的活動・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
出典:青空文庫