・・・葬礼と云うことなんで、その時隊の方から見送って下さったのが三本筋に二本筋、少尉が二タ方に下副官がお一方……この下副官の方は初瀬源太郎と仰也って、晴二郎を河から引揚げて下すった方なんでござえして、何かの因縁だろうから、殊に終まで面倒を見てやれ・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ぜんざいを召したまえる桓武天皇の昔はしらず、余とぜんざいと京都とは有史以前から深い因縁で互に結びつけられている。始めて京都に来たのは十五六年の昔である。その時は正岡子規といっしょであった。麩屋町の柊屋とか云う家へ着いて、子規と共に京都の夜を・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・先生と烏とは妙な因縁に聞える。この二つを頭の中で結びつけると一種の気持が起る。先生が大学の図書館で書架の中からポーの全集を引きおろしたのを見たのは昔の事である。先生はポーもホフマンも好きなのだと云う。この夕その烏の事を思い出して、あの烏はど・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・幽霊だ、祟だ、因縁だなどと雲を攫むような事を考えるのは一番嫌である。が津田君の頭脳には少々恐れ入っている。その恐れ入ってる先生が真面目に幽霊談をするとなると、余もこの問題に対する態度を義理にも改めたくなる。実を云うと幽霊と雲助は維新以来永久・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・二氏のごときは正しくこの局に当る者にして、勝氏が和議を主張して幕府を解きたるは誠に手際よき智謀の功名なれども、これを解きて主家の廃滅したるその廃滅の因縁が、偶ま以て一旧臣の為めに富貴を得せしむるの方便となりたる姿にては、たといその富貴は自か・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・日本婦人協力会には、検事局の人々にとって殆ど内輪の、因縁浅くない故宮城長五郎氏夫人宮城たまよが主要な一員として参加しているのである。遠慮なく警告してもよかったろう。 責任を問うという意味での警告であるならば、おのずから区別の過程をふまえ・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・ そこの家には三代唖のひとがいたとか、三人の男の子が唖だとか、それに何か金銭につながった因縁話が絡んで、子供の心を気味わるく思わせる真偽明らかでない話が、その時分きかされていたのであった。 今のこっているのは、原っぱの奥の崖下にあっ・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・弘道会という今日では全く反動的な会へ、自分の父親が創設した因縁から始終出入りしていた。マルクシズムに対して母親の感情へまで入っている材料は、その会で博士とか伯爵とかが丁寧な言葉づかいで撒布するそのものなのであった。 母親は保守的になって・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 何の用事があって国清寺へ往くかというと、それには因縁がある。閭が長安で主簿の任命を受けて、これから任地へ旅立とうとしたとき、あいにくこらえられぬほどの頭痛が起った。単純なレウマチス性の頭痛ではあったが、閭は平生から少し神経質であったの・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・それにどうして鼠頭魚を知っているかと云うと、それには因縁がある。私の大学にいた頃から心安くした男で、今は某会社の頭取になっているのが、この女の檀那で、この女の妹までこの男の世話になって、高等女学校にはいっている。そこで年来その男と親くしてい・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫