・・・この平凡な団欒の光景が焼付いたように自分の頭に沁み込んでいるのはどういう訳かと考えてみる。父の長い留守の間に祖母と母と三人きりで割合に広い屋敷の中でのつつましい生活は子供心にもかなり淋しいものであったに相違ないので、この広くて淋しい家と、重・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・その屈辱の苦味をかみしめて歩いているうちに偶然ある家へはいると、そこは冷やかな玄関でも台所でもなくそこに思いがけない平和な家庭の団欒があって、そして誰かがオルガンをひいていたとする。その瞬間に乞食としての自分の情緒がいくらかの変化を受けはし・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・ スチクレスタードの野の戦の始まる前に、王は部下の将卒の団欒の中で、フィン・アルネソンのひざを枕にしてうたた寝をする。敵軍が近寄るのでフィンが呼びさますと、「もう少し夢のつづきを見せてくれればよかったのに」と言ってその夢の話をして聞かせ・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・その詩は父の遺稿に、蘆花如雪雁声寒 〔蘆花は雪の如く 雁の声は寒し把酒南楼夜欲残 南楼に酒を把り 夜残らんと欲す四口一家固是客 四口の一家は固より是れ客なり天涯倶見月団欒 天涯に倶に見る月も団欒す〕・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・此辺より見れば女大学は人に無理を責めて却て人をして偽を行わしめ、虚飾虚礼以て家族団欒の実を破るものと言うも不可なきが如し。我輩の所見を以てすれば、家内の交には一切人為の虚を構えずして天然の真に従わんことを欲するものなり。嫁の身を以て見れば舅・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・主人は客の如く、家は旅宿の如く、かつて家族団欒の楽しみを共にしたることなし。用向きの繁劇なるがために、三日父子の間に言葉を交えざるは珍しきことにあらず。たまたまその言を聞けば、遽に子供の挙動を皮相してこれを叱咤するに過ぎず。然るに主人の口吻・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・一 家の美風その箇条は様々なる中にも、最も大切なるは家族団欒相互に隠すことなきの一事なり。子女が何かの事に付き母に語れば父にも亦これを語り、父の子に告ぐることは母も之を知り、母の話は父も亦知るようにして、非常なる場合の外は一切万事に秘密・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・あるいは夫婦不徳の家に孝行の子女を生じ、兄弟姉妹団欒として睦まじきこともあらば、これは不思議の間違いにして、稀に人間世界にあるも、常に然るを冀望すべからざる所のものなり。世間あるいは強いてこれを望む者もあるべしといえども、その迂闊なるは病父・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・それが破綻であるか、或いは互いに一層深まり落付き信じ合った愛の団欒か、互いの性格と運とによりましょが、いずれにせよ、行きつくところまで行きついてそこに新たな境地を開かせる本質が恋愛につきものなのです。 自然は、人間の恋愛を唯だ男性と・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・ 然し、彼の妻を呼び一緒にこの晴やかな tete-a-tete の団欒を味おうとした希望は失敗に終った。 今日は殊更しおれて何処か毛の濡れた仔猫のように見える彼女は、良人かられんに暇をやった一条を聞くと、情けない声で「困るわ・・・ 宮本百合子 「或る日」
出典:青空文庫