・・・ 二 半日の囲碁に互いの胸を開きて、善平はことに辰弥を得たるを喜びぬ。何省書記官正何位という幾字は、昔気質の耳に立ち優れてよく響き渡り、かかる人に親しく語らうを身の面目とすれば、訪われたるあとよりすぐに訪い返して、ひ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 又た少女の室では父と思しき品格よき四十二三の紳士が、この宿の若主人を相手に囲碁に夢中で、石事件の騒ぎなどは一切知らないでパチパチやって御座る。そして神崎、朝田の二人が浴室へ行くと間もなく十八九の愛嬌のある娘が囲碁の室に来て、「家兄・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 武は上がってふすまをあけると、座敷のまん中で叔父叔母さし向かいの囲碁最中! 叔父はちょっと武を見て、微笑って目で挨拶したばかり。叔母は、「徳さん少し待っておくれ。じき勝負がつくから」と一心不乱の体である。「どうかごゆっくり。」・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・て人間の娯楽にはすこしく風流の趣向、または高尚の工夫なくんば、かの下等動物などの、もの食いて喉を鳴らすの図とさも似たる浅ましき風情と相成果申すべく、すなわち各人その好む所に従い、或いは詩歌管絃、或いは囲碁挿花、謡曲舞踏などさまざまの趣向をこ・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・かれは未だ二十二歳の筈であるが、その、本郷の下宿屋の一室に於いて、端然と正座し、囲碁の独り稽古にふけっている有様を望見するに、どこやら雲中白鶴の趣さえ感ぜられる。時々、背広服を着て旅に出る。鞄には原稿用紙とペン、インク、悪の華、新約聖書、戦・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・「囲碁」や「能楽」のように西洋人に先鞭をつけられないうちにだれか早く相撲の物理学や生理学に手をつけたらどうかと思うのである。 相撲の歴史については相当いろいろな文献があると見えて新聞雑誌でそれに関する記事をしばしば見かけるようであるが、・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・それは殆ど毎日のよう、父には晩酌囲碁のお相手、私には其頃出来た鉄道馬車の絵なぞをかき、母には又、海老蔵や田之助の話をして、夜も更渡るまでの長尻に下女を泣かした父が役所の下役、内證で金貸をもして居る属官である。父はこの淀井を伴い、田崎が先に提・・・ 永井荷風 「狐」
・・・の壁画の下に、五ツ紋の紳士や替り地のフロックコオトを着た紳士が幾組となく対座して、囲碁仙集をやっている。高い金箔の天井にパチリパチリと響き渡る碁石の音は、廊下を隔てた向うの室から聞えて来る玉突のキュウの音に交わる。初めてこの光景に接した時自・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ざっといって見ると、明月谷に他から移り住んだ元祖である元記者の某氏、病弱な彫刻家である某氏、若いうちから独身で、囲碁の師匠をし、釈宗演の弟子のようなものであった某女史、決して魚を食わない土方の親方某、通称家鴨小屋の主人某、等々が、宇野浩二氏・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・は一貫して犯罪性を強調し、この裏に共産党ありと、あすにも犯人があがりそうに不安な雰囲気をかきたててきたが、今日の『読売』をみると一役すんだのだろう、国鉄中闘委員会左派十四名免職をトップに、あとは野球、囲碁へと注意を流している。 七月十五・・・ 宮本百合子 「犯人」
出典:青空文庫