・・・ちょうどこの百七十七回の中途で文字がシドロモドロとなって何としても自ら書く事が出来なくなったという原稿は、現に早稲田大学の図書館に遺存してこの文豪の悲痛な消息を物語っておる。扇谷定正が水軍全滅し僅かに身を以て遁れてもなお陸上で追い詰められ、・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・その頃は普通の貸本屋本は大抵読尽して聖堂図書館の八文字屋本を専ら漁っていた。西洋の物も少しは読んでいた。それ故、文章を作らしたらカラ駄目で、とても硯友社の読者の靴の紐を結ぶにも足りなかったが、其磧以後の小説を一と通り漁り尽した私は硯友社諸君・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・遠く後世を考えるなら別に、図書館があります。私は、人の命のはかなさ、書物の持つ生命のはかなさを考えるだけで、何一つ、所有欲は起らないのであります。 たゞ漢詩は、和本の木版摺で読まないと、どういうものか、あの神韻漂渺たる感が浮んでまいりま・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・天才はたとい課業の読書は几帳面でないまでも、図書館には籠って勉強するものである。 読書にとらわれる、とらわれないというのはそれ以上の高い立場からの要請であって、勉強して読書することだけにできない者にとっては、そんな懸念は贅沢の沙汰である・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・それに、年来の宿痾が図書館の古い文献を十分に調べることを妨げた。なお、戦争に関する詩歌についても、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」、石川啄木の「マカロフ提督追悼の詩」を始め戦争に際しては多くが簇出しているし、また日露戦争中、二葉亭がガ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・用を支えるだけの貯金は、恐ろしい倹約と勤勉とで作り上げていたので、当人は初めて真の学生になり得たような気がして、実に清浄純粋な、いじらしい愉悦と矜持とを抱いて、余念もなしに碩学の講義を聴いたり、豊富な図書館に入ったり、雑事に侵されない朝夕の・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ 龍介は図書館にいるTを訪ねてみようと思った。汽車がプラットフォームに入ってきた。振り返ってみると、停っている列車の後の二、三台が家並の端から見えた。彼はもどろうか、と瞬間思った。定期券を持っていたからこれから走って間に合うかもしれなか・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・と原は濃い眉を動して、「一つ図書館をやって見たいと思ってる」「むむ、図書館も面白かろう」と相川は力を入れた。「既に金沢の方で、学校の図書室を預って、多少その方の経験もあるが、何となく僕の趣味に適するんだね――あの議院に附属した大な図・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・中でも五〇万冊の本をすっかり焼いた帝国大学図書館以下、いろいろの官署や個人が二つとない貴重な文書なぞをすっかり焼いたのは何と言っても残念です。大学図書館の本は、すっかり灰になるまで三日間ももえつづけていました。 以上の外、火災をのがれた・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・文化のガイドたちは、またまた図書館通いを始めなければなるまい。まじめに。 全体主義哲学の認識論に於いて、すぐさま突き当る難関は、その認識確証の様式であろう。何に依って表示するか。言葉か。永遠にパンセは言葉にたよる他、仕方ないものなのか。・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
出典:青空文庫