・・・その上二階にも一組宴会があるらしかったが、これも幸いと土地がらに似ず騒がない。所が君、お酌人の中に―― 君も知っているだろう。僕らが昔よく飲みに行ったUの女中に、お徳って女がいた。鼻の低い、額のつまった、あすこ中での茶目だった奴さ。あい・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・若い男というのは、土地の者ではありましょうが、漁夫とも見えないような通りがかりの人で、肩に何か担っていました。「早く……早く行って助けて下さい……あすこだ、あすこだ」 私は、涙を流し放題に流して、地だんだをふまないばかりにせき立てて・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・ 唐土の昔、咸寧の吏、韓伯が子某と、王蘊が子某と、劉耽が子某と、いずれ華冑の公子等、相携えて行きて、土地の神、蒋山の廟に遊ぶ。廟中数婦人の像あり、白皙にして甚だ端正。 三人この処に、割籠を開きて、且つ飲み且つ大に食う。その人も無げな・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 山の弁当と云えば、土地の者は一般に楽しみの一つとしてある。何か生理上の理由でもあるか知らんが、とにかく、山の仕事をしてやがてたべる弁当が不思議とうまいことは誰も云う所だ。今吾々二人は新らしき清水を扱み来り母の心を籠めた弁当を分けつつた・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・其の後は家に一人のこって居たけれ共夫となるべき人もないので五十余歳まで身代のあらいざらいつかってしまったのでしょうことなしに親の時からつかわれて居た下男を夫にしてその土地を出て田舎に引き込んでその日暮しに男が犬をつって居ると自分は髪の油なん・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・この家の二、三年前までは繁盛したことや、近ごろは一向客足が遠いことや、土地の人々の薄情なことや、世間で自家の欠点を指摘しているのは知らないで、勝手のいい泣き言ばかりが出た。やがてはしご段をあがって、廊下に違った足音がすると思うと、吉弥が銚子・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・内地雑居となった暁は向う三軒両隣が尽く欧米人となって土地を奪われ商工業を壟断せられ、総ての日本人は欧米人の被傭者、借地人、借家人、小作人、下男、下女となって惴々焉憔々乎として哀みを乞うようになると予言したものもあった。又雑婚が盛んになって総・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・しかしその名を聞いてその国の富饒の土地でないことはすぐにわかります。ほかにわずかに鳥毛を産するファロー島があります。またやや富饒なる西インド中のサンクロア、サントーマス、サンユーアンの三島があります。これ確かに富の源でありますが、しかし経済・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・自分の踏んでいる足下の土地さえ、あるかないか覚えない。 突然、今自分は打ったか打たぬか知らぬのに、前に目に見えていた白いカラが地に落ちた。そして外国語で何か一言言うのが聞えた。 その刹那に周囲のものが皆一塊になって見えて来た。灰色の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・これから、もっと、もっと、北へさしてゆくと私のいった理想の土地へ出られるのだ。しかし、私の力は、もうそこまでゆくことができない。どうか私をここに残してみんなは、早く旅を急いだがいい。」と、年とった、哀れながんがいいました。「おじいさん、・・・ 小川未明 「がん」
出典:青空文庫