・・・堯は金魚の仔でもつまむようにしてそれを土管の口へ持って行くのである。彼は血の痰を見てももうなんの刺戟でもなくなっていた。が、冷澄な空気の底に冴え冴えとした一塊の彩りは、何故かいつもじっと凝視めずにはいられなかった。 堯はこの頃生きる熱意・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・弁公は堀を埋める組、親父は下水用の土管を埋めるための深いみぞを掘る組。それでこの日は親父はみぞを掘っていると、午後三時ごろ、親父のはね上げた土が、おりしも通りかかった車夫のすねにぶつかった。この車夫は車も衣装も立派で、乗せていた客も紳士であ・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・そして、そこに土管が伏せられるとか、ここに石垣の石が運ばれるとか、何かしらずつ変ったものが先生の眼に映った。河原続きの青田が黄色く成りかける頃には、先生の小さな別荘も日に日に形を成して行った。霜の来ないうちに早くと、崖の上でも下でも工事を急・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ どんづまりのどん底、おのれの誠実だけは疑わず、いたる所、生命かけての誠実ひれきし、訴えても、ただ、一路ルンペンの土管の生活にまで落ちてしまって、眼をぱちくり、三日三晩ねむらず考えてやっと判った。おのれの誠実うたがわず、主観的なる盲目の誇り・・・ 太宰治 「創生記」
・・・また例えば子供の誤って呑込んだおはじきが消化器系を通過する径路を示すのを見たが、これなどでも消化器というものの本質には少しも触れないで、ただ土管のつながりのようなものとしか思われないように出来ていた。勿論これらはほんの素人の慰み半分の小型映・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・また少し離れた所には大きな土管がいくつも砂利の上にころがしてあった。私がそこへ来る前から、中学の一年か二年ぐらいと見える子供がただ一人材木の上に腰をかけていたが、私がかき始めるとそばへ来ておとなしく見ていた。そしていつまでもそこを離れないで・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・もう家へ帰ろうと思って、そっちへ行って見ますと、おどろいたことには、家にはいつか赤い土管の煙突がついて、戸口には、「イーハトーヴてぐす工場」という看板がかかっているのでした。そして中からたばこをふかしながら、さっきの男が出て来ました。「・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 多分、赤門の少し先、彼方側で、大きな土管屋か何かの横に入った処にその家はあった。とっつきは狭い格子戸で、下駄を脱ぎ散らした奥の六畳と玄関の三畳の間とをぶっ通しにして、古物めいた椅子と卓子とが置かれているのである。 男が二人いて、そ・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
出典:青空文庫