・・・ 空気銃を取って、日曜の朝、ここの露地口に立つ、狩猟服の若い紳士たちは、失礼ながら、犬ころしに見える。 去年の暮にも、隣家の少年が空気銃を求め得て高く捧げて歩行いた。隣家の少年では防ぎがたい。おつかいものは、ただ煎餅の袋だけれども、・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・……これで地口行燈が五つ六つあってごらん。――横露地の初午じゃないか。お祭のようだと祝ったんだよ。」「そんな事……お祭だなんのといって、一口飲みたくなったんじゃあ、ありません? おっかさんならですけど、可厭よ、私、こんな処で、腰掛けて一・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・少年は、そのような異様の風態で、割烹店へ行き、泉鏡花氏の小説で習い覚えた地口を、一生懸命に、何度も繰りかえして言っていました。女など眼中になかったのです。ただ、おのれのロマンチックな姿態だけが、問題であったのです。 やがて夢から覚めまし・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・ H温泉旅館の前庭の丸い芝生の植え込みをめぐって電燈入りの地口行燈がともり、それを取り巻いて踊りの輪がめぐるのである。まだ宵のうちは帳場の蓄音機が人寄せの佐渡おけさを繰り返していると、ぽつぽつ付近の丘の上から別荘の人たちが見物に出かけて・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・文学にしても枕詞やかけ言葉を喜ぶような時代は過ぎている。地口や駄洒落は床屋以下に流通している時代ではあるまいか。 日本画の生命はこのような低級な芸当にあるとは思われない。近代西洋画が存在の危機に瀕した時に唯一の救済策として日本画の空気を・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・それらが表面上は単なる音韻的な連鎖として用いられ、悪く言えば単なる言葉の遊戯であるかのごとき観を呈しているにかかわらず、実際の効果においては枕詞の役目が決して地口やパンのそれでないことは多くの日本人の疑わないところである。しかしそれが何ゆえ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 木挽町の河岸へ止った時、混雑にまぎれて乗り逃げしかけたものがあるとかいうので、車掌が向うの露地口まで、中折帽に提革包の男を追いかけて行った。後からつづいて停車した電車の車掌までが加勢に出かけて、往来際には直様物見高い見物人が寄り集った・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 水晶のいはほに蔦の錦かな 南条より横にはいれば村社の祭礼なりとて家ごとに行燈を掛け発句地口など様々に書き散らす。若人はたすきりりしくあやどりて踊り屋台を引けば上にはまだうら若き里のおとめの舞いつ踊りつ扇などひらめかす手の黒きは・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
出典:青空文庫