・・・いっそ、どうだい、そう云う、ももんがあを十把一とからげにして、阿蘇の噴火口から真逆様に地獄の下へ落しちまったら」「今に落としてやる」と圭さんは薄黒く渦巻く煙りを仰いで、草鞋足をうんと踏張った。「大変な権幕だね。君、大丈夫かい。十把一・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・『歎異抄』に「念仏はまことに浄土に生るゝ種にてやはんべるらん、また地獄に堕つべき業にてやはんべるらん、総じてもて存知せざるなり」といえる尊き信念の面影をも窺うを得て、無限の新生命に接することができる。・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・ニイチェの深さは地獄に達し、ニイチェの高さは天に届く。いかなる人の自負心をもつてしても、十九世紀以来の地上で、ニイチェと競争することは絶望である。 ニイチェの著書は、しかしその難解のことに於て、全く我々読者を悩ませる。特に「ツァラトスト・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・「持てたよ。地獄の鬼に!」 私は呶鳴りかえした。「何て鬼だ」「船長ってえ鬼だったよ」「大笑いさすなよ。源氏名は何てんだ?」「源氏名も船長さ」「早く帰れよ。ほんとの船長に目玉を食うぜ」「帰る所なんかねえんだよ。・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・されども不良の子に窘しめらるるの苦痛は、地獄の呵嘖よりも苦しくして、然も生前現在の身を以てこの呵嘖に当たらざるを得ず。余輩敢えて人の信心を妨ぐるにはあらざれども、それ程にまで深謀遠慮あらば、今少しくその謀を浅くしその慮を近くして、目前の子供・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
○こう生きて居たからとて面白い事もないから、ちょっと死んで来られるなら一年間位地獄漫遊と出かけて、一周忌の祭の真中へヒョコと帰って来て地獄土産の演説なぞは甚だしゃれてる訳だが、しかし死にッきりの引導渡されッきりでは余り有難くないね。けれ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・おれは地獄行きのマラソンをやったのだ。うう、切ない。」といいながらとうとう焦げて死んでしまいました。 * なるほどそうしてみると三人とも地獄行きのマラソン競争をしていたのです。・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・「今度会うのは何処だやら――地獄か、極楽かね」「私しゃ、どうで地獄さ――生きて地獄、死んでも地獄」 万更出まかせと思えないような調子であった。「…………」 七十と七十六になった老婆は、暫く黙って、秋日に照る松叢を見ていた・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・中に「孤独地獄」の一篇がある。その材料は龍之介さんが母に聞いたものだそうである。この事は龍之介さんがわたくしを訪うに先だって小島政二郎さんがわたくしに報じてくれた。 わたくしはまた香以伝に願行寺の香以の墓に詣る老女のあることを書いた。そ・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・すぐに地獄へ連れ込むのではない。それはまず浄火と云うもので浄めなくてはならないからである。浄めると云うのは悉しく調べるのである。この取調べの末に、いつでも一人や二人は極楽へさえやって貰うのである。 この緑色の車に、外の人達と一しょにツァ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫