・・・ 彼と、一緒に歩哨に立っていて、夕方、不意に、胸から血潮を迸ばしらして、倒れた男もあった。坂本という姓だった。 彼は、その時の情景をいつまでもまざまざと覚えていた。 どこからともなく、誰れかに射撃されたのだ。 二人が立ってい・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・気のどくなのは、手近の小さな広場をたよって、坂本、浅草、両国なぞのような千坪二千坪ばかりの小公園なぞへにげこんだ人たちです。そんな人は、ぎっしりつまったなり出るにも出られず、みんな一しょにむし焼きにあってしまいました。 そんなわけで、な・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 中川紀元。 いつも、もっとずっと縮めたらいいと思われる絵を、どうしてああ大きく引き延ばさなければならないかが私にはわからない。誇張の気分を少し減らすとおもしろいところもないではないが。 坂本繁次郎。 おもしろいと言えばおもしろいが・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・ 高浜、坂本、寒川諸氏と先生と自分とで神田連雀町の鶏肉屋へ昼飯を食いに行った時、須田町へんを歩きながら寒川氏が話した、ある変わり者の新聞記者の身投げの場面がやはり「猫」の一節に寒月君の行跡の一つとして現われているのである。 上野の音・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ 坂本氏の絵がかなり目立っている。これに対する向い側の壁に大分猛烈な絵が並んでいるので、コントラストの作用で一層この人の絵が静かに上品に見える。しかし自分には何だか完全に腑に落ち切らない一種の物足りなさが感ぜられる。この上品さを徹底・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
・・・きは随分けばけばしい生ま生ましいもののような気がしたのに、今日見ると、時の燻しがかかったのか、それとも近頃の絵の強烈な生ま生ましさに馴れたせいか、むしろ非常に落着いたいい気持のするのは妙なものである。坂本繁二郎氏のセガンチニを草体で行ったよ・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・ 三 故坂本四方太氏とは夏目先生の千駄木町の家で時々同席したことがあり、また当時の「文章会」でも始終顔を合わせてはいたが、一度もその寓居をたずねたことはなかった。それにもかかわらず自分は同氏の住み家やその居室を少・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・堀割は以前のよりもずッと広く、荷船の往来も忙しく見えたが、道路は建て込んだ小家と小売店の松かざりに、築地の通りよりも狭く貧しげに見え、人が何という事もなく入り乱れて、ぞろぞろ歩いている。坂本公園前に停車すると、それなり如何ほど待っていても更・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ やっちゃ場の跡が広い町になったのは見るたびに嬉しい。 坂本へ出るとここも道幅が広がりかかって居る。 二号の踏切まで行かずに左へ曲ると左側に古綿などちらかして居るきたない店がある。その店の前に腰掛けて居る三十余りのふっくりと肥え・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・けれども、しまっておけなくて、女学校のときからやはり文学がすきで仲よしであった坂本千枝子さんという友達が、白山の奥に住んでいた、そこへもって行ってよんで貰った。その友達は心からよろこんでほめてくれた。次に、母にみせた。丁度、夜で、もう母は小・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
出典:青空文庫