・・・「坊や。泣くんじゃないよ。お家は新しく建ててやる。子ねこも無事だよ。そら、かわいがっておやり」という一編のクライマックスがあって、さて最後には消防隊が引き上げる光景、クジマの顔には焼けど、額には血、目の縁は黒くなって、そうして平気で揚々と引・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・「芭蕉の花、坊や芭蕉の花が咲きましたよ、それ、大きな花でしょう、実がなりますよ、あの実は食べられないかしら。」坊は泣きやんで芭蕉の花をさして「モヽモヽ」という。「芭蕉は花が咲くとそれきり枯れてしまうっておとうちゃま、ほんとう?」・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・「ああ、行きゃしないよ。坊やと一緒に行くんだからね。些も心配する事なんかないよ。ね、だから寝ん寝するの、いい子だからね」「吉田君、早く来て呉れないと困るね 待っ……」 中村は口を噤んだ。「ハハハハハ。誰かが待ってるのかい・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・「ありや坊やのものが入ってる、やれないよ。」 ドミトリーは、室の天井からぶら下っている洗濯物の中から自分のシャツや靴下をひっぱりおろして、新聞紙へ包んだ。書類鞄へガサガサと机の上のものをさらいこんだ。 戸が開いた。そしてしまった・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 八時間働いて退けしなに親たちは托児所へより、それからめいめいの坊やと帰途を充分楽しみながら家へかえってさて夕飯ということになっているのだ。 話の例としてひとつ「赤い糸紡織工場」の托児所をのぞいて見よう。 工場を出て、鋪道を半丁・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・ ○七つになる姉 やっと覚えた片仮名で クソオ とかく 呼ぶのもクソオさん ○頬っぺた高くふくれて居るが手など細く弱々し。 ○坊や たべるの たべゆの ○カキクケコ云えず かあちゃんをターチャん ○いもの煮えたの御存じな・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ 姉娘が、母の手許からすりぬけて来た末子を、「坊やちゃん、ここよ」と自分の前に立たす。パチン。 男の子はすぐ歩き出して、写生している傘の中を覗いた。紙の上と実物の雁来紅の植込みとを、幾度も幾度も見較べた揚句、些か腑に落ちぬ顔・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・「坊や、いい子でしょう、おとなに、お話きいてましょうね」 もじつく子供にそう云って、その小さい肩へ片手をかけて、母たちは熱心に傾聴している。自分で自分を解決してゆこうと欲している。そういう熱意があふれ感じられた。 ひろ子は、さっ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ お話はこれでおしまいだよ。坊やはいい子だ。ねんねおし。 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・祈り終って声は一層幽に遠くなり、「坊や坊には色々いい残したいことがあるが、時迫って……何もいえない……ぼうはどうぞ、無事に成人して、こののちどこへ行て、どのような生涯を送っても、立派に真の道を守ておくれ。わたしの霊はここを離れて、天の喜びに・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫