・・・ 求馬は甚太夫喜三郎の二人と共に、父平太郎の初七日をすますと、もう暖国の桜は散り過ぎた熊本の城下を後にした。 一 津崎左近は助太刀の請を却けられると、二三日家に閉じこもっていた。兼ねて求馬と取換した起請文の・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・「芸州広島の御城下でございます。」 直孝はじっと古千屋を見つめ、こういう問答を重ねた後、徐に最後の問を下した。「そちは塙のゆかりのものであろうな?」 古千屋ははっとしたらしかった。が、ちょっとためらった後、存外はっきり返事を・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・餅あり、あんころと云う。城下金沢より約三里、第一の建場にて、両側の茶店軒を並べ、件のあんころ餅を鬻ぐ……伊勢に名高き、赤福餅、草津のおなじ姥ヶ餅、相似たる類のものなり。 松任にて、いずれも売競うなかに、何某というあんころ、隣国他郷にもそ・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 場所は、言った通り、城下から海岸の港へ通る二里余りの並木の途中、ちょうど真中処に、昔から伝説を持った大な一面の石がある――義経記に、……加賀国富樫と言う所も近くなり、富樫の介と申すは当国の大名なり、鎌倉殿より仰は蒙らねども、内・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ と両手で頤を扱くと、げっそり瘠せたような顔色で、「一ッきり、洞穴を潜るようで、それまで、ちらちら城下が見えた、大川の細い靄も、大橋の小さな灯も、何も見えぬ。 ざわざわざわざわと音がする。……樹の枝じゃ無い、右のな、その崖の中腹・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・が、ふとこの城下を離れた、片原というのは、渠の祖先の墳墓の地である。 海も山も、斉しく遠い。小県凡杯は――北国の産で、父も母もその処の土となった。が、曾祖、祖父、祖母、なおその一族が、それか、あらぬか、あの雲、あの土の下に眠った事を、昔・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・が、燈籠寺といった方がこの大城下によく通る。 去ぬる……いやいや、いつの年も、盂蘭盆に墓地へ燈籠を供えて、心ばかり小さな燈を灯すのは、このあたりすべてかわりなく、親類一門、それぞれ知己の新仏へ志のやりとりをするから、十三日、迎火を焚く夜・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 加賀の国の城下本町筋に絹問屋左近右衛門と云うしにせあきんどがあった。其の身はかたく暮して身代にも不足なく子供は二人あったけれ共そうぞくの子は亀丸と云って十一になり姉は小鶴と云って十四であるがみめ形すぐれて国中ひょうばんのきりょうよしで・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・てども、姫君が見えないので、腹をたてて、ひとつには心配をして、幾人かの勇士を従えて、自らシルクハットをかぶり、燕尾服を着て、黒塗りの馬車に乗り、姫から贈られた黒馬にそれを引かせて、お姫さまの御殿のある城下を指して駆けてきたのです。 城下・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・『大いなる事業』ちょう言葉の宮の壮麗しき台を金色の霧の裡に描いて、かれはその古き城下を立ち出で、大阪京都をも見ないで直ちに東京へ乗り込んだ。 故郷の朋友親籍兄弟、みなその安着の報を得て祝し、さらにかれが成功を語り合った。 しかる・・・ 国木田独歩 「河霧」
出典:青空文庫