・・・へん、お堀端あこちとらのお成り筋だぞ、まかり間違やあ胴上げして鴨のあしらいにしてやらあ」 口を極めてすでに立ち去りたる巡査を罵り、満腔の熱気を吐きつつ、思わず腕を擦りしが、四谷組合と記したる煤け提灯の蝋燭を今継ぎ足して、力なげに梶棒を取・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ ただし、そういった処で、あくる朝、町内の箔屋へ引取った身投げの娘が、果して昨夜私が見た人と同じだかどうだか、実の処は分りません……それは今でも分りはしない。堀端では、前後一度だって、横顔の鼻筋だって、見えないばかりか、解りもしない。が・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・御堀端にかかった時に、桃色の曙光に染められた千代田城の櫓の白壁を見てもそんな気がした。 日比谷で下りて公園の入り口を見やった時に、これはいけないと思った。ねくたれた寝衣を着流したような人の行列がぞろぞろあの狭い入口を流れ込んでいた。草花・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そんなことを考えながら帝劇の玄関を下りて、雨のない六月晴の堀端の薫風に吹かれたのであった。 八 随筆は誰でも書けるが小説はなかなか誰にでも書けないとある有名な小説家が何かに書いていたが全くその通りだと思う。随・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・馭者が二人、馬丁が二人、袖口と襟とを赤地にした揃いの白服に、赤い総のついた陣笠のようなものを冠っていた姿は、その頃東京では欧米の公使が威風堂々と堀端を乗り歩く馬車と同じようなので、わたくしの一家は俄にえらいものになったような心持がした。・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・わたくしが父に伴われて行った料理茶屋は堀端に生茂った松林のかげに風雅な柴折門を結んだ茅葺の家であった。門内は一面の梅林で、既に盛りを過した梅の花は今しも紛々として散りかけている最中であった。父はわたくしが立止って顔の上に散りかかる落梅を見上・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・其夜演奏が畢って劇場を出ると、堀端からはハーモニカや流行唄が聞え、日比谷の四辻まで来ると公園の共同便所から発散する悪臭が人の鼻を衝く。家に帰ると座敷の内には藪蚊がうなっていて、墻の外には夜廻の拍子木が聞えるのである。わたくしは芸術が其の発生・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
出典:青空文庫